http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016052002000134.html
http://megalodon.jp/2016-0520-0930-47/www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016052002000134.html
国会で審議中の刑事訴訟法の改正案は、取り調べの録音・録画とともに、司法取引を導入する。通信傍受も大幅に拡大する内容だ。冤罪(えんざい)防止という目的から逸脱する刑事司法の改革ではないか。
今回の刑訴法などの改正のきっかけは、二〇〇九年の郵便不正事件だ。無実である厚生労働省前事務次官の村木厚子さん(当時は局長)が巻き込まれてしまった。冤罪をどうしたらなくせるかという問題意識が出発点だった。
答えの一つが取り調べの録音・録画(可視化)だ。密室の取調室で虚偽の“自白”が強要されることをなくす−、それが期待された。だが、法案化の過程で、可視化の範囲が限定されてしまった。
裁判員裁判の対象事件と検察の独自捜査事件だけだ。全事件のうちたったの約3%にすぎない。可視化の義務化は確かに一歩前進には違いないものの、対象範囲があまりに狭すぎる。
重大犯罪でなくとも、冤罪は起きる。設備などが整わない現状があるとしても、将来はすべての事件で可視化されるべきである。その方向性を打ち出したい。
一方、可視化を受け入れた代わりに、捜査側は新たな“武器”を手にすることになる。一つが司法取引だ。容疑者や被告が共犯者の犯罪を供述したり、証拠を提供すれば、起訴を見送ることも、求刑を軽くすることもできる。
これは虚偽の供述を生む恐れをはらむ。自分の罪を小さく見せるために、共犯者の罪を大きく見せることがあろう。あるいは無実の人を事件に巻き込む恐れもある。
司法取引の場には弁護人が同席するが、容疑者や被告の利益を守る立場だ。共犯者の利益を守る立場にはないから、虚偽供述を生まない保証はない。
もう一つは通信傍受だ。薬物犯罪や銃器犯罪など四類型に限られていたものを組織的な詐欺や窃盗など九類型を追加する。しかも、従来は警察が通信事業者の元に赴き、第三者が立ち会っていたが、今度は警察施設で傍受し、第三者の立ち会いも省く内容だ。
通信の秘密を侵し、プライバシーを侵害しうる捜査手法である。捜査を進める半面、乱用の心配もつきまとう。憲法上の疑念もあり、危険性は少なくない。広い捜査権限を与えていいものか。
足利事件や布川事件など近年も再審無罪事件がある。法改正では、冤罪防止の原点に立ち返った発想が求められる。