(筆洗) 銀の滴(しずく)降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに… - 東京新聞(2019年4月27日)

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銀の滴(しずく)降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに…

美しい神の歌で知られる『アイヌ神謡集』を残した知里幸恵(ちりゆきえ)は十九歳の時、言語学者金田一京助の自邸で亡くなっている。抜きんでた言語能力や作文の才能を見いだし、東京に迎えた金田一は幸恵の死後、日記を見つけた。

私はアイヌだ…アイヌなるがゆえに世に見下げられる。それでもよい…おお愛する同胞よ

アイヌ民族と知れると、低く見られてしまうおそれがあった時代である。記されていたのは、偏見を前にして、幸恵の胸中にあった苦しみと悲痛な異議だろう。
明治政府の同化政策により、多くのアイヌが貧困に陥り、蔑視にさらされてきた。土地を奪われ、日本語使用を強いられた。北海道旧土人保護法は、一九九七年まで続いた。残念ながら、今なお偏見や経済的な格差に苦しむアイヌがいる。
アイヌ民族支援法が先日、成立した。独自の文化の維持、振興に向けた交付金制度の創設が盛り込まれた。法律として、初めて「先住民族」であると明記されている。
幸恵の嘆きからは、百年近い時が過ぎる。大きな一歩である半面、遅い一歩でもあるだろう。これからは、実効性にくわえて、何をすべきかの議論も必要になる。
金田一は、「とこしえの宝玉」であると幸恵の業績をたたえている。アイヌなるがゆえに、偉業が曇ることのない世の中を願う。