【書評】戦争と図書館 英国近代日本語コレクションの歴史 小山騰(のぼる)著 - 東京新聞(2019年2月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019021002000182.html
https://megalodon.jp/2019-0210-1003-59/www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019021002000182.html

◆接収本から広がる研究
[評]武田珂代子(立教大教授)
私は今、客員研究員として英国ケンブリッジ大学に滞在中である。出発する前、持参すべき日本語図書を確認するために同大学図書館の蔵書をオンラインで調べた。必要とする図書のほとんどが所蔵されていることを知り、驚いたものだ。到着後に必要となった日本語図書もほぼ全て揃(そろ)っている。さらに、日本軍関係者の日記など貴重な資料まである。なぜケンブリッジ大学にこれほど充実した日本語の蔵書があるのか。本書は「戦争」をキーワードとして、英国の主要大学で日本語コレクションの土台が築かれた経緯を丁寧に説明している。
まず、日英開戦後に敵国財産として日本大使館などから接収された何千点に及ぶ日本語書籍・資料が、戦後、主にロンドン大学東洋アフリカ学院図書館に所蔵され、他大学にも寄贈された。また、対日諜報(ちょうほう)活動のために運営された戦時日本語コースの遺産が継承される形で、戦後、日本研究の推進と日本語文献購入のために多額の助成金が主要大学に提供された。
戦争が発端となったこの二つの出来事が英国の大学図書館における戦後の日本語コレクション、ひいては日本研究の発展に大きく寄与したと著者は論じる。戦争と科学技術の進歩を結びつける話はよくあるが、本書は、語学や地域研究、またそれを支える図書館の発展にも戦争が深く関わり得ることを示している。
最も読み応えがあるのは、接収図書などの蔵書印や書き込みを手がかりに、日本の書店から英国の大学図書館まで本がたどった「足跡」を探るストーリー。時代背景に照らしながら、探偵のごとく大胆な推理が展開される。
ダラム大学に所蔵された接収資料には所有者が明らかな写真アルバムや日記まである。家族の思い出がつまったアルバムや個人の日記を手放さざるをえなかった当時の状況を想像すると、胸が痛む。戦後、日英関係が正常化した際、日本の外務省や所有者個人と図書館との間に、接収図書・資料の返還または正式寄贈の話し合いがあったのか知りたいところだ。

勉誠出版・4104円)

1948年、愛知県生まれ。2015年までケンブリッジ大図書館日本部長。

 

 

戦争と図書館―英国近代日本語コレクションの歴史

戦争と図書館―英国近代日本語コレクションの歴史

 

 


◆もう1冊 
武田珂代子著『太平洋戦争 日本語諜報(ちょうほう)戦-言語官の活躍と試練』(ちくま新書