(米軍ヘリ窓落下1年)「空の主権」を取り戻せ - 沖縄タイムス(2018年12月13日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/358627
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米軍普天間飛行場に隣接する宜野湾市普天間第二小学校運動場に、米軍大型ヘリの窓(重さ7・7キロ)が落下した。あの事故から、きょう13日で1年になる。
事故後に中止していた運動場使用を再開したのは今年2月である。
米軍機が接近すると、学校に配置された沖縄防衛局の監視員が、運動場にいる児童に避難を呼びかける。そのたびに体育の授業や遊びが中断された。
監視員の指示による避難回数は9月中旬までに678回を数える。
運動場の脇に避難施設が設置され、監視員はいなくなった。だが、警戒を完全に解いたわけではない。
かつて普天間第二小の校長だった仲村元惟さんは、戦争中校庭に掘られた防空壕と避難施設が重なって見え、憤りを感じたという(本紙9月10日付「茶のみ話」)。
「空襲警報聞こえてきたら(中略)あわてないで騒がないで落ち着いて…」
戦争中、国民学校で習った歌を思いださせるような避難行動が、日本の小学校で現実に行われていたことを、どのくらいの日本人が知っているだろうか。
飛行場を取り囲むように周りには、学校や保育園などの公共施設が集中し、民家が密集している。
墜落への不安、騒音被害、安心して教育を受ける権利の侵害。子どもたちの健康への悪影響−生存権が脅かされている現状は、事故後も変わらない。政府はいつまで放置するつもりなのか。

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普天間飛行場所属のオスプレイが、名護市安部の海岸に墜落、大破したのは2016年12月13日のことである。事故からきょうでちょうど2年になる。
普天間第二小への窓落下事故も名護市安部海岸での墜落・大破事故も1年違いの「12月13日」に起きている。
17年10月11日には、東村高江の北部訓練場に近い民間の牧草地で、CH53大型ヘリが炎上、大破した。
他県では起こりえないような、あまりの事故の連鎖である。このことは、米軍機による事故がどこでも起こりうる、ことを示している。
今月5日には山口県岩国基地所属のF35Bステルス戦闘機が伊江島補助飛行場で、強襲揚陸艦の飛行甲板を模した「LHDデッキ」を使い、初の離着陸訓練を実施した。
同機の離着陸の影響で宜野湾市上大謝名で、123・7デシベルの騒音を記録した。記録が残る1998年以降、普天間周辺では最大の騒音だった。

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嘉手納基地への外来機飛来も活発になっている。
政府は新機種が配備されても新たな訓練が始まっても「米軍の運用に関わること」だと追認するだけで、これを問題にする気配はない。
米軍は航空法の規制を受けない。日本の「空の主権」は大きな制約を受けており、そのことが住民の暮らしに深刻な影響を与えている。
人身事故が発生してからでは遅い。あきらめずに声を発し続け、問題を全国にアピールしていくことが大切だ。