(余録)フランス革命で「サン・キュロット」とは… - 毎日新聞(2018年12月4日)

https://mainichi.jp/articles/20181204/ddm/001/070/131000c
http://archive.today/2018.12.05-000340/https://mainichi.jp/articles/20181204/ddm/001/070/131000c

フランス革命で「サン・キュロット」とは急進派の労働者らをいう。もともとはキュロット(半ズボン)にタイツ姿の貴族層が、仕事着である長ズボンの下層民を「キュロットなし」とあざけった言葉だった。
だが、そう呼ばれた人々は身分制度への抗議を込め、誇らしげに自らを「サン・キュロット」と名乗った。フランス革命は服装の革命でもあったわけである。加えて彼らはフリジア帽という赤い三角帽子を自分たちの連帯の印にした。
ドラクロワの有名な絵「民衆を導く自由の女神」の女神マリアンヌもかぶるこの帽子、古代ローマの解放奴隷の格好に由来する自由のシンボルだ。だが今度は長ズボンや赤い帽子でなく、黄色いベストが抗議運動のシンボルだという。
マクロン政権による燃料税引き上げへの抗議が激しさを増すフランスである。各地で一部が暴徒化して放火や破壊をくり返し、パリでは400人以上が拘束された。大統領は暴徒を非難、対話の姿勢を示しつつも政策変更は否定した。
抗議の広がりも、黄色いベストのシンボル化も、ソーシャルメディアを介した自発的な動きで、運動の中心や指導部はないらしい。燃料費高騰は地方の草の根層の怒りを呼んでおり、左右両翼の急進派もこの反発に乗じているようだ。
イデオロギー対立を超えて都市の支持層を開拓したマクロン政権だが、草の根からの抗議は想定外だったか。民主主義の病理が世界各地で噴き出るこの時代、またまた新パターンを加えた黄色い反乱である。