(余録) 「ほうからげ其外何にてもふかく顔をつつみかくす族あらば… - 毎日新聞(2019年10月11日)

https://mainichi.jp/articles/20191011/ddm/001/070/051000c
http://archive.today/2019.10.11-002402/https://mainichi.jp/articles/20191011/ddm/001/070/051000c

「ほうからげ其外(そのほか)何にてもふかく顔をつつみかくす族(やから)あらば、見合いに成敗(せいばい)たるべき事」。ほうからげはほおかぶりで、江戸時代の初めの覆面禁止令である。見つけ次第に斬り捨てるというからおそろしい。
では江戸時代に覆面姿が消えたかといえば、さにあらず。禁令のおかげで覆面はお上への反抗的な気分をあらわす風俗となり、多彩な覆面のバリエーションが「××頭巾」などと呼ばれて流行した。禁令は覆面文化を作り出したのだ。
こちらも不服従のシンボルとなりつつある香港の覆面である。デモ隊のマスク着用を禁じた「覆面禁止法」で、すでに多数の逮捕者も出ている。過激グループの孤立を狙った覆面禁止だが、監視社会を嫌悪する市民の反発も広がった。
おりしも米国は中国の顔認証人工知能(AI)などの監視技術が少数民族の弾圧に使われていると批判、監視カメラ企業などに制裁を科した。貿易交渉の新たなカードだろうが、今や人権問題の焦点となった顔監視技術の一党支配だ。
民主的統制が及ばない権力の監視の目はやがて人々の心の中に入り込み、自発的服従をもたらしていく。香港では過激な行動に同調しない市民もマスクをつけてデモをした。自由を窒息させる監視を拒む、覆面による意思表示である。
暴徒化への批判や街頭行動疲れも伝えられる香港の抗議運動である。非暴力にして不屈、日常的でしなやかな抵抗のシンボルとなるマスクや仮面がこれから生まれるのか。禁令が呼び起こす覆面文化に注目だ。