(余録)新人いじめなどのパワハラは武士の世界にもあった… - 毎日新聞(2018年11月28日)

https://mainichi.jp/articles/20181128/ddm/001/070/136000c
http://archive.today/2018.11.28-020140/https://mainichi.jp/articles/20181128/ddm/001/070/136000c

新人いじめなどのパワハラは武士の世界にもあった。それが江戸城内で惨劇をもたらしたこともある。1823(文政6)年、西(にしの)丸(まる)書院番の松(まつ)平(だいら)外記(げき)は受けた嫌がらせやいじめに憤激して同僚5人を殺傷したのだ。
そこはかねて古参の若手いびりで知られた職場だったという。事件が評判になったのは刃(にん)傷(じょう)が起こるや居合わせた番士らが逃げ惑い、外記は取り押さえられもせずに自害したからだ。さらに上司による事件の隠蔽(いんぺい)すら図られたという。
旗本らの卑劣、醜悪なふるまいはすぐさま世間に広まった。幕府は被害者側の改易(かいえき)や絶家、隠居などを命じ、逃げ出した番士の役を免じる一方、外記の子には家督相続を許した。事件の後、旗本の風儀は目に見えて良くなったという。
さて働く者の3人に1人がパワハラを経験しているという今日だ。いじめ・嫌がらせの労働相談件数は解雇・賃金の相談を上回っている。厚生労働省が先ごろ、企業にパワハラ防止策を法律で義務づける方針を示したのも当然である。
厚労省が取引先の常識外れのクレームなどの「カスタマーハラスメント」もパワハラの一種と見なしたのもうなずける。ただし世界的にはパワハラ刑事罰を科す国もある中、労働者側が求めたパワハラ行為自体の禁止は見送られる。
業務上適正な指導とパワハラの線引きは具体的な例が示されねば分かりにくい点もあろう。ただ企業の方も人の意欲を明るくもり立てる職場の文化革命なしに21世紀の生き残りもないと思った方がいい。