(筆洗)トランプ米大統領がINF廃棄条約からの離脱を表明した - 東京新聞(2018年10月23日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018102302000151.html
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「ざわめきも今はなく ものみなまどろむ 君知るや すばらしき夕べのひととき」。「モスクワ郊外の夕べ」は旧ソ連時代の国民歌謡で米国や欧州、日本でも広まった。歌われているのは愛する人のことを想(おも)うおだやかで平和な故郷の夕べの光景であろう。
この曲をピアニストが突然弾き始めた。聞き覚えのある曲にその場にいたソ連と米国双方の人々が歌い始め、大合唱になったらしい。一九八七年十二月、ホワイトハウスレーガン米大統領によるゴルバチョフソ連共産党書記長歓迎会での一場面である。
この訪米時に米ソ首脳は核軍縮やその後の冷戦緩和につながった中距離核戦力(INF)廃棄条約に調印している。「私たちは、感情のほとばしるままに歌いだし、二カ国語で歌がひびきわたりはじめた」。ゴルバチョフさんの回想である。
その合唱はINF廃棄条約調印によって、それぞれの故郷を核戦争から遠ざけられるという両国の安堵(あんど)の歌であったかもしれぬ。
先人たちが声を合わせた、あの歌に背を向けるのだろうか。トランプ米大統領がINF廃棄条約からの離脱を表明した。さむけがする。
ロシアが守らぬ。中国が制約を受けない。米国にも言い分はあろう。が、離脱は核軍縮のたがを失わせ、人類全体の平和な「夕べ」を不安定にしかねない。「ざわめきは今や戻り ものみなおびえる」。ごめんである。