10・21 安倍首相、秋葉原演説会ルポ 政策より「敵たたき」に喝采 - 毎日新聞(2017年10月24日)

https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171024/dde/012/010/002000c
http://archive.is/2017.10.24-105157/https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171024/dde/012/010/002000c

日の丸林立、わき上がる「ガンバロー」コール……
「反安倍」派と罵声の応酬
またも圧勝した自民党である。安倍晋三首相の悲願たる憲法改正が、また一歩近づくのか。首相の高揚感たるやいかばかりだろう。選挙戦ラストを飾る東京・秋葉原の演説会を見て考えた。【吉井理記、小林祥晃

<揺れる日の丸、かき消される「アベやめろ」>
秋葉原といえば、人気アイドルAKB48の発祥地であるライブハウス「AKB48劇場」が鎮座する。そこへ、永田町劇場の主役、安倍首相が登場したのは21日午後7時半過ぎであった。駅前のロータリーに止めた選挙カーの上で手を振る姿に、詰めかけた群衆から声ならぬどよめきが起き、雨に咲いた傘の花がうねる。

その3時間前。主役の姿を最前列の特等席で拝見したい、と意気込んで早めの時間に乗り込んだが、最前列はすでに「安倍総理を支持します」「Yes! 安倍政権」などと書かれたプラカードを手にした支持者で埋まっていた。
会場を見渡せば、日の丸の旗が林立し、「頑張れ安倍総理」と大書した横断幕が視界を覆う。この集団を警察官が鉄柵やロープで囲い、衝突が起きないよう警戒する。「安倍首相勝利のためにガンバロー」といったコールが起きたかと思えば、安倍政権に批判的とされるテレビ局のカメラマンに向けて「偏向報道はやめろー」「出て行けー」と、怒声を浴びせる支持者の一群がいた。
さて、主役である。会場のスピーカーから大音量で流れる音楽とともに登場した安倍首相。集まった人は2000人を超えているだろうか。「こんばんはー、自由民主党総裁安倍晋三でございます」と切り出した演説は20分弱続いた。
失礼ながら、派手な演出と比べると、面白みに欠ける演説だった。話の順番は、

−というメニューである。

それにしても、5年前にさかのぼり「看板を替えても3年3カ月の責任は消えないんです!」「高速道路無償化もできなかった!」といった旧民主党批判は、さすがに食傷気味だろう、と思いきや、聴衆が一番盛り上がったのはこの話題であった。

首相が旧民主党政権や、同党の元所属議員らで作った新党を批判するたび、声をそろえて「そうだ!」と合いの手が入り、日の丸の小旗が波打つ。少子高齢化対策は聞き流す感じ。合いの手も少ない。政策を聞きたいのではなく、「敵」と位置づけた人とその失敗を、安倍首相がたたく痛快さを味わいたいかのようだ。
思わずカバンに忍ばせていた安倍首相の著書「新しい国へ」(2013年)の一節を思い出した。「一度の失敗を固定化せず、何度でも再チャレンジできる社会を目指す」と記していたのだが、「敵」や「こんな人たち」は例外、ということか。
日の丸の小旗を手にした50代とおぼしき夫婦も旧民主党批判に喝采を送っていた。夫は「安倍さんを何とか応援したいと思ってね。野党は『政権交代』と訴えるが、北朝鮮の挑発がこれだけ問題になっているのに、そう主張すること自体がおかしいよ」。
「安倍首相がんばれ」と書かれたプラカードをかざしていた中年女性は真顔で言った。「民主党のせいで中国や北朝鮮にやられるようになった。メディアは民主党中共中国共産党)、北朝鮮の味方してばかり。あなた『北』の工作員?」。右派系の市民団体の呼びかけで参加した人が多いという印象だ。
ふと見れば、どこの団体のものか、「北朝鮮を殲滅(せんめつ)せよ」との物騒な横断幕が加わっていた。会場の熱気はすごいが、この場の「求心力」になっているのは、安倍政権の政策への期待というより、旧民主党やメディア、外国への「敵がい心」であるかのような雰囲気すら漂う。
テレビ局を名指しし、「偏向報道は犯罪」とのプラカードを掲げていた男性(45)は「何度も演説会に来ていて、インタビューを頼まれたら必ず応じているのに、一切取り上げられない。そこに意図を感じるんです」と訴えるのだが、テレビ局も大変である。安倍政権に反対する人たちからも、同じようなセリフを言われてきたからだ。「テレビは安倍政権に都合の悪い事実を報じない。そんたく報道ばかりする」と。
首相の演説は、最後もやっぱり旧民主党批判を交えて、自党候補への投票を呼びかけて締めくくられた。このまま静かに幕引きか、と思いきや、主役が会場を去った後、あちこちで支持者と「反安倍」の人たちが怒鳴り合い、言い合いを始めた。
森友・加計学園問題を説明しろ」と叫ぶ男性に、「うるせえ、朝鮮に帰れ」と怒鳴る男性。それをまた「右翼こそ帰れ」と怒鳴り返す。あちらでは政権批判のチラシを配る女性に目を血走らせた若い男性が詰め寄り、チラシをひったくって踏みつける。そうこうするうちに、向こうでは群衆がテレビ局のカメラクルーを囲み、批判や罵倒を始めた。雨の中、主役不在の、もの悲しいドラマの第2幕である。
遠巻きに演説を聞いていた会社員の男性(39)が苦笑い。「安倍政権の経済政策は評価するけれど……。安倍さんを応援する『ネット右翼』の主張のような、極端な方向に行かなければいいですけどね」

憎悪はやがて暴力に
見れば、支持者も日の丸の旗をしまい、連れだって居酒屋に繰り出している。ならばと、与野党の街頭演説をフィールドワークし、秋葉原にも来ていた駒沢大准教授の逢坂巌さん(政治コミュニケーション論)を誘い、ビールでのどを潤した。
「7月の都議選の秋葉原演説のように、反安倍派が、演説会を破壊するような行動に出ることはありませんでした。それは良かったのですが……」とせっかくのビールに表情はさえない。
「『路上の政治』に火がつきはじめた印象です。ナチスを生んだ戦前のドイツが頭をよぎりました」
SNSの発展で、だれもが自由に感情を発信することが当たり前になりつつある。問題は、ルールが重んじられて機能する民主政治の世界にも、感情や言葉をぶつける場面が当たり前になりつつあることだ。逢坂さんの目には、むき出しの感情が敵意や憎悪を深め、民主政治が暴力に取って代わられた第一次大戦後のドイツの姿と重なる。
「近道はありません。地道に、民主政治のマナーを守ろうと言い続けるしかないですね。罵声や憎悪の応酬は、何も生み出さない。政治の場を荒らしてはいけない。その原点を真剣に、慎重にみんなで考えるべきです」
安倍首相も、勝利の美酒に酔ってばかりはいられないだろう。この社会を分断させているのが、首相自身の言動なのだから。