衆院選 揺れる日の丸、かき消される「アベやめろ」 首相の「アキバ演説」で見えたもの - 毎日新聞(2017年10月22日)

https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171022/mog/00m/010/001000c
http://archive.is/2017.10.23-002434/https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171022/mog/00m/010/001000c

国難突破解散」だとして総選挙に打って出た安倍晋三首相は、選挙戦を通じて何を語り、何を語らなかったのか。21日夜、東京・秋葉原で行われた「最後の訴え」の現場で考えた。その映像とともに首相遊説を振り返る。【井上英介/統合デジタル取材センター】
午後6時、雨の降りしきる東京のJR秋葉原駅前は異様な空気に包まれていた。
選挙戦を締めくくる「最後の訴え」で安倍首相が到着する1時間半前から、無人自民党選挙カーの周囲を人が埋め尽くし、数え切れない日の丸の旗が揺れている。大半が支持者のようだ。「負けるな安倍総理」「頑張れ安倍総理」−−巨大な横断幕が何枚も掲げられている。
大勢の警察官が、鉄柵やロープを使ってその大集団と一般市民を隔てている。横断幕や居並ぶ警察官の前を、通行人が足早に通り過ぎていく。
駅ロータリーを囲んで地上を見下ろす歩行者デッキも、支持者で埋まっている。「みなさーん、これで応援してくださーい」。各所で日の丸の小旗を配っている。誰が小旗を用意したのか。配る女性の一人は「ボランティアなので、ちょっと……」と笑顔で首をかしげたが、自民党のバッジをつけた人も配っていた。
TBSやテレビ朝日を「偏向報道」と糾弾するプラカードを持って歩き回る支持者たちも多数いる。全体に若い世代が多い印象だ。
地上では支持者に交じり、少人数で政権批判のプラカードやのぼりを掲げる人たちがいた。東京1区の自民党候補、山田美樹氏らの演説が始まると、支持者たちから「選挙妨害!」「プラカード下ろせ!」「お前ら左翼は帰れ!」と容赦ない罵声が飛ぶ。応援弁士の一人も「伝統ある東京1区で左翼を勝たせてはならない」などと絶叫調で訴える。
3カ月前の7月1日、東京都議選最終日に安倍首相は秋葉原の全く同じ場所で応援マイクを握り、聴衆の「帰れ」コールに直面した。そこで「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と気色ばみ、歴史的敗北を喫していた。
首相は秋葉原でリベンジを望んだ−−との報道もあったが、この日の秋葉原は見渡す限り支持者ばかり。「こんな人たち」に悩まされる心配がないことは明らかだった。実際、今回の衆院選で首相遊説に同行してきた記者の一人は「会場でこれほど多くの日の丸が振られるのを初めて見た」と話す。

音楽に合わせて主役が登場
午後7時半、突然アップテンポの曲が流れ、「ウォーッ」と地鳴りのような歓声が上がった。日の丸の小旗が激しく振られる。安倍首相が麻生太郎財務相を伴って登場した。人気タレントのイベントのような雰囲気だ。
麻生財務相の短い演説のあと、マイクを握った安倍首相が何かを言うたび、拍手と歓声が湧き起こり、「そうだっ」と合いの手が飛ぶ。時に「ウソつけっ」「安倍やめろっ」とやじも飛ぶが、ただちに周囲から「選挙妨害!」「左翼は帰れっ」と反撃に遭う。大声でののしり合う聴衆もいた。
安倍首相の演説は19分間続いた。大部分は北朝鮮危機の強調(その裏返しで日米同盟強化と安全保障関連法の必要性)、および旧民主党政権時代の批判(その裏返しでアベノミクスの成果の強調)に費やされた。
北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長と果てしない挑発合戦を続ける米トランプ大統領との関係を、首相は誇らしげに語った。「国民の命と幸せを守り抜いていく。そのためにも国際社会と連携していかなければならない。ですから私はトランプ大統領といつも首脳会談を行い、必要な時には電話会談を行うことができる関係を築いてきました」
民主党民進党に名を変え、希望の党に合流した経緯については「ジャイアンツは、クライマックスシリーズに出られないからといって名前を変えますか?」と皮肉った。
だが、自民党が公約に掲げている憲法改正についての言及はなかった。9月の解散表明時に「選挙を通じて国民に説明する」としていた森友学園加計学園の問題も、ついに何も言わずじまいだった。

最初は有権者から逃げ回る印象
そもそも衆議院が解散され事実上の選挙戦となって以降、安倍首相の遊説は異例ずくめだった。
東京都内などでの遊説で場所も日時も公表せず、予定していた場所が外部に漏れると近くの別の場所に変更した。解散に打って出た本人の首相が有権者から逃げまわる印象を与え、レーダーに探知されにくい「ステルス戦闘機」をもじって「ステルス作戦」と評された。
10日の衆院選公示第一声は福島市で行ったが、立った場所は駅頭や繁華街ではなく、郊外の水田の中だった。市議会議員などの紹介がなければ入ることができず、聴衆は支持者とみられる200人ほど。しかも、道路を挟んで離れた一角に固められていた。
演説では、福島第1原発の事故や廃炉への言及が全くなかった。なおも多数に上る原発避難者にも触れないまま「復興は間違いなく進んでいる」と強調し、北朝鮮の脅威とアベノミクスの成果を訴え続けた。
公示後は遊説の日程を公表するようになったが、政権批判をする有権者が排除される場面もあった。

最終日の秋葉原
安倍首相は演説の最後に言った。「きょうは本当に、こんなにたくさんのみなさまにお集まりいただき、ありがとうございました! 勇気を与えていただきました」。この直後に聴衆の中で小さな「安倍やめろ」コールが起きた。が、すぐに支持者の大きな「安倍晋三」コールにかき消された。自分の言いたいことしか言わないリーダーに、支持者たちが熱狂する。直近の世論調査内閣支持率を不支持率が上回る状況とは相当に異なった世界が現出していた。
そんなふうに遊説活動を締めくくった安倍首相は、異論に耳を傾け、謙虚な国政運営を望む有権者の期待に応えるのだろうか。