(土曜訪問)文学で戦争止めたい 恐るべき未来 新作で描く 笙野(しょうの)頼子さん(作家) - 東京新聞(2017年2月18日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/doyou/CK2017021802000242.html
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取材を終えて写真を撮る折、新刊を手に持つよう頼んでみた。受けてくれるか、ちょっと自信がない。初めて本を出した人ならともかく、作家にはあまりお願いしないポーズだからだ。ましてや相手は笙野(しょうの)頼子さん(60)。一九九〇年代に芥川賞三島賞など純文学の主な新人賞を次々に得て地歩を固めると、その後も重要な作品を発表し続け、二〇一四年には日本の文壇で最も重みのある野間文芸賞を受けたベテランだ。
だが笙野さんは快く了承した。評論家らを相手に数々の論争を繰り広げてきたことなどから「攻撃的」といったイメージで語られがちだが、素顔は保護した野良猫のため、家を買って転居までする人。そして記者の依頼には理由がある。
新刊『ひょうすべの国』(河出書房新社)について笙野さんはこんなふうに話すのだ。「プラカードの代わりに書こうと思った。TPP(環太平洋連携協定)でこんな怖い未来が来るということをフィクションで示したんです。小説だからできる特権ですね」
なるほど、本のオビには「TPP反対!!」「病人殺すな赤ちゃん消すな! 田畑無くすな奴隷になるな!」「TPP流せ、憲法戻せ!」といった強烈な文言が並ぶ。まさにデモ隊のプラカードだ。ならばそれを自身で掲げてもらおう。
TPPといえば、安倍政権が関連の法案を国会で強行採決までして成立させた自由貿易の仕組み。「自由貿易? いいことでしょ?」。そう思う方も多いだろう。ではなぜこの作家は反対なのか。
自由貿易協定が実はどんなに恐ろしいか、世界には身をもって知っている国が多いんです。でも日本の政府は危ないとは一切言わず、秘密交渉で実態を隠して、見えにくくしてきた。オリンピックに感動を求めている間に薬が買えなくなり、子どもが死んでいき、農業が壊滅する、そんな地獄のようなことが起きてしまう。感動ばかりでなく、警戒が必要なんですよ」
何が起きるというのか。TPPの問題点を追及するNPO法人「アジア太平洋資料センター」やジャーナリスト、元農相らによる分析などを基に、作家の想像力が新作で描いた「TPP後の日本」は、悲惨だ。
そこでは人の命も血も、海も土地も、すべてが世界的な大企業の資産にされている。国民の健康を守ってきた保険制度は「自由競争の邪魔」として壊滅させられ、薬の値段すら企業が動かす。農業をはじめ国内の産業は世界企業の力で破綻し、女性は性産業で働くことを余儀なくされる。一方で、海外へ次々に輸出していた原発が事故を起こし、支払い不可能なほど高い賠償金を求められ…。
「これが外れたら、むしろ私はうれしい。笑われてもかまいません」という笙野さんだが、二十一世紀に入るころからずっと新自由主義の問題を−一握りの人間が富と権力を握って世界を左右することのおかしさを−小説を通じて問い続けてきた。その人の懸念を、杞憂(きゆう)だと簡単に笑い捨てることはできないだろう。
書名の「ひょうすべ」とは、恐るべき未来を支配する妖怪の名。「ひょうげんがすべて」の略語だ。例えば米軍オスプレイ機の墜落を「不時着」、南スーダンの戦闘を「衝突」と言い換えて、ものごとの本質を隠そうとする言葉のごまかしが横行する現状に対し、言葉によって同時代と向き合うこの表現者が怒りを込めて創作した妖怪なのだ。
さて、撮影に入る。カメラのレンズ越しに作家を見た。表情が厳しい。少し笑顔で−と言いかけて、やめる。この国の行方を見据えたとき、笑ってなどいられないからこそ、笙野さんはこの作品を書いたのだ。
「TPPはアメリカの一方的な離脱で流れたから、次は文学で戦争を止めようと、本気で考えています。安倍首相はもう本当に改憲しそうな勢いじゃないですか。小さなことも見逃さずに、戦争直前の時代の空気を見ていこう、書いていこうと思います。文学は、うさんくさくても暗くても、自分が目の前で見ていることを全部書かなければならない。見えないものを見せるのが私の文学だと思っていますから」 (三品信)