カズオ・イシグロ氏に文学賞 日本的感性に感謝したい - 毎日新聞(2017年10月8日)

https://mainichi.jp/articles/20171008/ddm/005/070/003000c
http://archive.is/2017.10.08-132157/https://mainichi.jp/articles/20171008/ddm/005/070/003000c

日本的な感性やモノの見方と、英国の言語や文化を併せ持つ世界文学の旗手の受賞である。
長崎県出身の日系英国人で作家のカズオ・イシグロ氏にノーベル文学賞が授与されることが決まった。
スウェーデン・アカデミーは授賞理由を「偉大な感性を持った小説により、世界とつながっているという我々の幻想の下に隠された闇を明るみに出した」と説明した。イシグロ氏は受賞決定の報に「世界が不安定な状況の中で、小さな形でも平和に貢献できればうれしい」と話した。
1954年に日本人の両親の間に生まれた。海洋学者の父の仕事のため5歳で渡英し、英国籍を取った。
母がシャーロック・ホームズなどを日本語で読んでくれたのが英文学に接した最初だったという。「日本は外国だが、感情面では特別な国。もう一つの古里です」と語る。
記憶をテーマに、ノスタルジーを誘うさまざまな作風にチャレンジしてきた。作品は英語で執筆する。
長編デビュー作の「遠い山なみの光」は原爆を投下され、荒廃した長崎で結婚した女性が主人公。「浮世の画家」は、戦意高揚画を描いていた画家の回想という形式を用いる。
そこには、イシグロ氏が想像して作り上げた、小津安二郎の映画に出てくるような失われた日本が登場する。作家、谷崎潤一郎の影響もしばしば指摘される。
代表作の「日の名残り」は、大英帝国の栄光がうせた今日の英国を、温和に、優しく風刺して、英文学の最高峰ブッカー賞を受賞した。英国を舞台にしても、人間関係や陰影の深みには日本が投影されている。
丁寧に歴史をたどりながら、人々を苦しめる過去を、ユーモアを忘れずに映し出す。その執筆姿勢は一事に没入しない客観的なものである。
近作では、ユーゴスラビア紛争やルワンダ虐殺が背景になった。
その作品が広く受け入れられたのはインターナショナルな視点ゆえだろう。冷戦後、異なる言語や文化と交わった作家の活躍が目に付く。
イシグロ氏は記者会見で「モノの見方、振る舞いは日本に大きな影響を受けている」として日本への感謝を語った。むしろ私たちこそ、日本的な感性を独自の文学に結晶させてくれたイシグロ氏に感謝したい。