米大統領にトランプ氏 世界の漂流を懸念する - 毎日新聞(2016年11月10日)

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まさに怒濤(どとう)のような進撃だった。
米大統領選で共和党ドナルド・トランプ候補の当選が確定した。予備選の段階では泡沫(ほうまつ)候補とみられたトランプ氏は圧倒的な強さで同党の候補者指名を獲得し、本選挙でも知名度に勝る民主党候補のヒラリー・クリントン国務長官を破った。
多くの米紙はクリントン氏を支持し、トランプ氏の大統領としての資質を疑問視した。投票前、ほとんどの米メディアはクリントン氏の勝利を予測したが、たたかれるほど強くなるトランプ氏は世論調査でも支持率を正確に測れなかった。潜在的な支持者(隠れトランプ)が多く、逆境になるほど結束したからだろう。

超大国の歴史的な転換
「私は決して皆さんをがっかりさせない」。勝利集会でトランプ氏はそう語った。クリントン氏から祝福の電話を受けたことも明かした。混迷の大統領選はこうして決着した。
米国の民意は尊重したいが、超大国の変容は大きな影響を及ぼす。メキシコ国境に不法移民流入などを防ぐ壁を造る。イスラム教徒の入国を規制する。国民皆保険をめざすオバマケア(医療保険制度改革)は即時撤廃し、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)にも地球温暖化対策の「パリ協定」にも断固反対−−。こうしたトランプ氏の方針は国内外の将来を一気に不透明にした。
日米関係も例外ではない。同氏は米軍駐留経費の全額負担を日本に求め、それが不可能なら核武装も含めて米軍抜きの自衛措置を取るよう訴えてきた。米国が主導する軍事組織・北大西洋条約機構NATO)にも軍事費の負担増を要求し、「嫌なら自衛してもらうしかない」というのが基本的なスタンスだ。
英国が国民投票欧州連合(EU)離脱を決めたことに続く、大きな衝撃である。第二次大戦後の世界は冷戦とソ連崩壊を経て米一極支配の時代に入り、米国の理念に基づいて国際秩序が形成されてきた。
その理念がかげり、利益誘導型のトランプ流「米国第一」主義が先行すれば国際関係は流動化する。経済にせよ安全保障にせよ国際的なシステムが激変する可能性を思えば、世界漂流の予感と言っても大げさではなかろう。
だが、米国は単独で今日の地位を築いたのではない。故レーガン大統領にならって「米国を再び偉大な国に」をスローガンとするのはいいが、同盟国との関係や国際協調を粗末にして「偉大な国」であり続けることはできない。その辺をトランプ氏は誤解しているのではないか。
そもそも、なぜトランプ氏が勝ったのか。10月末、フロリダ州で開かれた同氏の集会では、元民主党員の40代の男性が「民主党クリントン政権は女性スキャンダルにまみれ、オバマ政権の『チェンジ』も掛け声倒れだった。もう民主党には期待できない」と語った。これはトランプ支持者の代表的な意見だろう。
8年に及ぶオバマ政権への飽きに加えて、クリントン氏の「私用メール問題」で米連邦捜査局FBI)が選挙中に再捜査を宣言したことも選挙に影響したのは間違いない。
だが、クリントン氏の決定的な敗因は経済格差に苦しむ人々の怒りを甘く見たことだ。鉄鋼や石炭、自動車産業などが衰退してラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる中西部の各州は民主党が強いといわれ、ここで勝てばクリントン氏当選の目もあった。

米国の民主主義どこへ
実際はトランプ氏に票が流れたのは、給与が頭打ちで移民に職を奪われがちな人々、特に白人の怒りの表明だろう。米国社会で少数派になりつつある白人には「自分たちが米国の中心なのに」という焦りもある。教育を受けても奨学金を返せる職業に就きにくく、アメリカンドリームは過去のものと絶望する人々にもトランプ氏の主張は魅力的だった。
政治経験がなくアウトサイダーを自任する同氏は富豪ではあるが、経済格差などは既成政治家のせいにして低所得者層を引き付けてきた。米国社会の不合理を解消するには既成の秩序や制度を壊すしかない。大統領夫人や上院議員国務長官を歴任したクリントン氏は既成政治家の代表だ−−という立場であり、徹底したポピュリズムと言ってもいい。
それゆえ従来の秩序を壊した後にどう再建するのか、その道筋が見えにくい。候補者討論会も低次元な批判合戦に終始し「最も醜い大統領選」と言われた。トランプ氏は今後、より具体的な政策を示してほしい。
共和党の指導部はトランプ氏の女性蔑視発言などに嫌気がさして大統領選の応援を控えた。だが、よき伝統を重んじる同党は、米国の力で世界を変えようとしたネオコン新保守主義派)や「小さな政府」を求める草の根運動ティーパーティー(茶会)」などと協調するうちに方向性を失い、トランプ氏という「怪物」を出現させたようにも見える。
今回の選挙は2大政党の一方が機能不全に陥ったとはいえ、民主主義の一形態ではあった。今後、トランプ氏と共和党は団結できるのか、クリントン氏の支持者との融和は可能なのか。米国の民主主義が真価を問われている。