歴史の転機 政治とネット ゆがみの是正に英知を - 毎日新聞(2017年1月6日)

http://mainichi.jp/articles/20170106/ddm/005/070/034000c
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米大統領に就任するトランプ氏がツイッターで日々活発に発信する情報に、世界が注目している。最新の投稿のひとつは、フォード社がメキシコでの工場新設を撤回したことに感謝の意を伝える内容だった。
年末には「アメリカは核戦力を大幅に強化すべきだ」との安保政策にかかわるつぶやきが物議をかもした。トランプ・ツイートは共通、同時性が特徴の「ネット政治」のひとつの到達点かもしれない。
さきの米大統領選ではツイッターフェイスブックなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)がトランプ氏勝利に影響したとみられている。

虚偽情報と分断の弊害
新聞やテレビが暴言を批判する一方で、SNSでは同氏の露出がクリントン氏を上回り、肯定的反応が多かったとの分析もある。トランプ氏も勝因にSNSの活用を挙げた。
だが、トランプ現象は「ネット政治」の負の側面もあらわにした。
大統領選ではフェイスブックを中心に「ローマ法王がトランプ氏支持を表明」など、フェイクニュースと呼ばれる虚偽情報が氾濫した。同氏の発言の多くが事実でなかったことも拍車をかけた。クリントン陣営への根拠のない中傷も目立ち、デマをもとにピザ店で発砲事件が起きるという異常な事態まで起きた。
人をつなげるネットの効果が変質しつつある。SNSを通じてトランプ支持層は志向の似通った仲間と交流し、いわば外部から遮断された環境で都合のいい意見だけが読まれた傾向があるという。その結果、批判する側との分断が加速してしまったと指摘されている。
虚偽情報や社会の分断というネットのゆがみが現実の政治に影響している。オックスフォード大学出版局は昨年を象徴する言葉に「ポスト・トゥルース(真実)」を挙げた。トランプ現象や英国民投票を念頭に「事実の説明よりも感情に訴えるほうが影響する状況」を意味する。
ネットにニセ情報がまぎれこみ多くの国で混乱を引き起こしている。言論の自由が高度に保障され、民主主義が確立した米国で真実よりも偽りがはばを利かせ始めていることは深刻に受け止める必要がある。

日本でも、ネットが政治にもたらす影響は増している。
大阪府知事・市長当時の橋下徹氏がツイッターを積極活用したようにSNSが浸透してきた。ネットによる選挙運動が解禁され、政党はネットの活用に本格参入した。とりわけ自民党は自前の情報対策チームを設けるなど先行している。
フェイスブックが非常に普及した米国と異なり、日本ではネットが選挙結果に与える影響について、慎重な分析も多い。
それでも高校生の貧困問題を扱ったNHKの番組にネットで誤解や無理解に基づく中傷が広がったり、医療情報を扱う「まとめサイト」のずさんな情報管理が問題化したりしている。ネットがもたらすゆがみは民主主義をむしばみかねない。
政府など公権力がネット規制に乗り出すことは好ましくはない。虚偽情報を広げないような自主的な取り組みが、これからネット企業にもより必要になってくるだろう。

社会全体で向き合おう
同時に、ネットを活用するリテラシーが大切になる。ネットで得られる情報を冷静に判断できる能力だ。
選挙権年齢の18歳以上への引き下げが昨年から実施され、高校などは主権者教育に取り組んでいる。
だが、「政治的中立」が強く要請されたため、現実の政治課題を議論したり、ネットの活用マナーを学んだりする教育が進んでいるとはいいがたい。情報を判断する力を備えたうえで有権者として「審判」に参加できるか、こころもとない。
たとえばオランダの場合、小学校から時事問題を積極的に取り上げ、議論している。自分と異なる意見に耳を傾けたうえで判断する学習が教育に組み込まれている。
多様な意見を認め、議論を通じて物事を判断していくことはネットへの対応に限らず、民主主義のルールでもある。「トランプ氏勝利」の意味をクラスで論じあうようなことが普通に行われてしかるべきだ。
政党や議員にも注文がある。日本では政治のネット利用は政党主導が強く、国会議員や候補者らによる主体的取り組みは出遅れている。
地方議員にはネットで活動をできるだけ可視化したり、住民から政策を募ったりする試みが比較的浸透している。ネットを知的に役立てていくうえでの手がかりとすべきだ。
ネットの政治への影響は今後、減ることはないだろう。トランプ現象はメディア不信の反映とみられたことを、既存メディアは重く受け止めなければならない。
ネットの影響力を否定するのではなく、健全な対話のツールとして役立てていくよう、社会全体が向き合う必要がある。