(余録)育児放棄やいじめを受け… - 毎日新聞(2016年11月6日)

http://mainichi.jp/articles/20161106/ddm/001/070/138000c
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育児放棄やいじめを受け、深く傷ついた心を抱えて事件を起こす人は少なくない。奈良少年刑務所の授業で受刑者が書いた詩を収めた「世界はもっと美しくなる」(ロクリン社)からは彼らのそんな心の中が見えてくる。
「誰からも必要とされていない人間だから」と書き出した受刑者は虐待されて育った。詩を発表するうちに心から笑えるようになり「前向きに生きていきたいと 思えるようになりました」と最後の授業でつづる。授業を9年間続けた奈良市在住の作家、寮美千子(りょうみちこ)さんは「よろいを脱いで心を開けば本来の自分に戻る」と話す。
この刑務所の前身は明治政府が造った5大監獄の一つの奈良監獄。1908年に完成した重厚なレンガ造りの建物は今も使われている。近代化を物語る施設の中で少年らを立ち直らせる独自のプログラムが導入されてきた。
詩や絵による情緒教育、暴力に頼らず問題を解決する心理指導、理容などの職業訓練と多様で、地元の人たちも面談で社会復帰を支えた。老朽化のため来年3月に閉鎖されるが、寮さんらの保存運動もあって国の重要文化財に決まった。
建物の活用を巡り、民間業者に委託して宿泊施設や博物館に転用する案が出ている。訪日外国人が年間2000万人を超える時代だ。日本で初めての「監獄ホテル」誕生による経済効果を期待する声もある。
事業の採算は大事とはいえ、住民の協力を得て培った更生のノウハウが途切れては残念だ。悩みを持つ人の相談を受けたり、疲れた人の心を癒やす教室を開いたりする場も設けてはどうか。こうした地域からの提案を生かせるよう知恵を絞りたい。