子供への虐待 心の傷はあまりに深い - 毎日新聞(2016年8月18日)

http://mainichi.jp/articles/20160818/ddm/005/070/035000c
http://megalodon.jp/2016-0818-0602-54/mainichi.jp/articles/20160818/ddm/005/070/035000c

子供に対する虐待が増え続けている。2015年度に全国の児童相談所が対応した虐待件数は前年度比16%増の10万3260件(速報値)となった。特に多いのは、言葉で傷つけたり無視したりする「心理的虐待」で、全体の47%を占める。
ひどい身体的虐待やネグレクト(養育放棄)で子供が死亡するような事件に比べると、心理的虐待は表面化しにくく、社会的関心も高いとは言えない。しかし、幼い子が受けるダメージは深刻だ。
激しい心理的虐待を受けた子供の脳が萎縮し、回復が難しくなる例があることが、最近の脳生理学の研究で注目されている。「(波が来ると消える)砂浜の足跡ではなく、コンクリートに残った足跡」。心理的虐待の後遺症をたとえる言葉だ。
心理的虐待の件数が増えているのは、夫が妻へ暴力を振るうなどのドメスティックバイオレンス(DV)を子供の前で行うことが定義に加えられてからだ。最近は警察が児童相談所への連絡を徹底するようになり、増加に拍車が掛かっている。
昨年7月、児童相談所への通報の全国共通ダイヤルを10桁から3桁(189番)へ変更したところ、15年度の共通ダイヤルへの相談件数が前年度より3倍近く増えた。音声案内が長すぎて途中で切られる問題があったが、改善した結果、接続率が12%から20%へ上がったという。潜在化していた心理的虐待が表に出やすくなった要因とも言われる。
今年の通常国会で成立した改正児童福祉法では都道府県・政令市と人口20万人以上の中核市だけでなく、東京23区にも児童相談所の設置が認められることになった。ただ、職員数の不足や財政難に苦しむ自治体は多く、通報件数の急増に対応する体制整備の遅れが懸念されている。
早期の通報と救済はもちろんだが、同様に力を入れるべきは予防だ。出産前後の母子の健康相談やサポートの役割を担っているのが保健師だ。多くの自治体で保健師を増員する傾向にはあるが、業務量はそれ以上に増えている。
母子健康手帳も有効に活用したい。妊娠した女性に市区町村が渡し、出産までの健康状況や生まれた子の体重、予防接種や成長の状況などを記入する。日本で始まった制度だが、乳幼児の死亡率改善に効果があるとされ、各国に広がっている。
母親が出産や子育ての不安や悩みを書くスペースを増やしているのが最近の母子健康手帳の特徴だ。保健師が虐待リスクの高い世帯をチェックして手厚く支援できるようにするためという。せっかくの制度が十分に機能するよう、国も自治体も保健師不足の解消に尽力すべきだ。