社説 最高裁の謝罪 違憲判断をなぜ避けた - 毎日新聞(2016年4月27日)

http://mainichi.jp/articles/20160427/ddm/005/070/040000c
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憲法の番人」が、憲法違反の裁判手続きをしていたかどうかが問題の核心だ。そこから逃げたと受け取られても仕方ない。
ハンセン病患者の刑事裁判などが長年、隔離施設に設置された「特別法廷」で開かれていた問題で、最高裁が調査報告書を公表した。
その中で、最高裁は特別法廷について「差別的な取り扱いが強く疑われ、違法だった」と総括し、「偏見、差別を助長し、患者の人格と尊厳を傷つけたことを深く反省し、おわび申し上げる」と謝罪した。
ただし、最高裁の検証の姿勢には疑問が残る。最高裁は昨年、検証を始める際、第三者の意見を聞くために有識者委員会を設けた。この委員会の意見が同時に公表された。
意見は、特別法廷は憲法の平等原則に違反すると明確に指摘した。裁判の公開原則についても、隔離された場所に法廷を設置しており、「違憲の疑い」を拭えないとした。
最高裁はどう答えたのだろうか。
公開原則については「正門などに開廷を知らせる告示がされていた」として、憲法違反ではないと結論づけた。特別法廷が、療養所や刑務所など社会から隔絶された場所で開かれていた実態をみれば、社会常識では通用しない論理だ。
一方、「平等原則違反」の指摘に対し、最高裁は報告書ではっきりした見解を示さなかった。
記者会見した今崎幸彦事務総長は「憲法が定める平等原則に違反していた疑いがある」と言及したが、「具体的な審査状況が分からず違憲と断定できない」と述べた。説明は不十分で、報告書との整合性もない。
報告書は、裁判の運用の誤りに問題を矮小化(わいしょうか)しようとしているように読める。激しい差別にさらされたハンセン病患者に対する謝罪の意思が、これで伝わるだろうか。
ハンセン病患者の救済は、熊本地裁が2001年、療養所の入所者らが起こした国家賠償訴訟で、1960年以降の隔離の必要性を否定し、訴えを認めたのがきっかけだ。判決は確定し、政府や国会は謝罪した。
司法だけ問題を放置していたが、救済の流れの中で、無実を訴えたまま死刑が執行されたハンセン病患者の男性の再審を求める関係者が検証を求め、最高裁が重い腰を上げた。
だが、元患者らは「違憲性を認めなければ謝罪にならない」と手厳しい。何のための報告書だったのか、最高裁は改めて自問すべきだろう。
有識者委員会は、さらなる検証や、人権研修の必要性を指摘した。今後、個別事件で再審請求が出される可能性もある。ハンセン病をめぐる検証が一件落着したわけではない。最高裁はそう肝に銘じるべきだ。