放送法と政治 公権力の介入を許すな - 東京新聞(2015年11月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015111002000141.html
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NHKの報道番組をめぐる問題で、放送倫理・番組向上機構BPO)が総務省自民党の介入を批判した。「圧力そのもの」と述べたのだ。公権力の干渉を許しては「表現の自由」が損なわれる。
問題となったのは、NHKの報道番組「クローズアップ現代」が出家詐欺を取り上げた中で、やらせがあったとされる点だ。これについては、BPO放送倫理検証委員会が「重大な放送倫理違反があった」「検証が不十分である」などと意見書で述べた。
NHKが真摯(しんし)に受け止め、再発防止に努めねばならないのは当然として、注目すべきは、この意見書が公権力の介入について、鋭い指摘をしていることだ。
総務相がこの問題で文書による「厳重注意」をしている。大臣名では二〇〇七年以来の出来事だった。また、自民党の情報通信戦略調査会がNHKの幹部を呼び、説明させるという出来事もあった。このときは、テレビ朝日の幹部も呼び付けられた。ニュース番組に出演した元官僚のコメントが問題視されたのだ。
意見書は「行政指導で政府が介入することは、放送法が保障する自律を侵害する」「政権党による圧力そのものだから、厳しく非難されるべきである」と記した。
放送法の第一条二項では「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保する」と定められている。この原則を守るよう求められるのは、公権力の側であるはずだ。BPOも同じ見解だ。
権力は放送を自在に操りたがる欲望を潜在的に持っているため、法で放送の「自律」を保障しているのだ。「不偏不党」の言葉も放送局の義務ではなくて、公権力に向けられている。権力の干渉を防ぐためだ。歴史を見れば、強権が「真実」さえ、ねじ曲げることがあるのは自明の理であろう。
放送の自由は、そのような保障の上に成り立っている。その一方で電波法により、放送免許や監督の権限を政府に握られている。
それゆえ放送局は政治の圧力を受けやすい体質があるわけだ。公権力がやらせ疑惑などに乗じて、その権限をちらつかせれば、「表現の自由」に対する威嚇と同義である。BPOの判断に賛同する。
ジャーナリズムの本質は、権力監視だ。強権政治におもねる風潮がある中で、放送人もまた萎縮や自粛があってはならないし、権力への毅然(きぜん)たる姿勢が求められる。