余録:秋の季語に「稲負鳥」がある。和歌の秘伝「古今… - 毎日新聞(2015年9月19日)

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秋の季語に「稲負鳥(いなおおせどり)」がある。和歌の秘伝「古今伝授(こきんでんじゅ)」が挙げる鳥の一つだが、正体は諸説があって分からない。藤原定家(ふじわらの・さだいえ)はセキレイ説、江戸時代の歌人・香川景樹(かがわ・かげき)はカワラヒワ説、同じく国学者本居宣長(もとおり・のりなが)はニュウナイスズメ説という(夏井=なつい=いつき著「絶滅寸前季語辞典」)
秘伝がらみで、正体は謎というのが、俳人の遊び心を刺激してきたのだろうか。そうそうたる歌人らが諸説をくり広げてきたのもおもしろい。なかには稲の種を背負って日本にもたらした鳥だという言い伝えもあるようだ。
さてこちらの「正体」については衆参両院の特別委員会で216時間の審議を経てきたという。聞けばこの安全保障関連法案、安保関係の法案審議で過去最長らしい。だから採決したと与党はいうが、審議すればするほどいよいよ謎が深まったのが実のところである。
審議では安倍晋三(あべ・しんぞう)首相が日本人母子の乗船する図を掲げて説明した米艦防護は、邦人乗船の有無とかかわりないのが分かった。喧伝(けんでん)していたホルムズ海峡の機雷掃海は「想定していない」に変じた。説明していた「正体」が次々に消えてなくなって審議終了となった。
はなからまともな国民の理解や合意を求めていたとも思えない首尾(しゅび)である。安全保障は一部政治家と役人の「秘伝」でいいというのか。審議終盤になって政府の説明が次々にほころび、さすがに世論も気色(けしき)ばんだところで首相から出た言葉が「今に分かる」であった。
平和が失われて「分かる」のではたまらないから、法案の成立がもたらす安保政策の変化は厳しく見守らねばならない。民主国家の統治機構に「秘伝」は無用だ。