(筆洗)「ミルク」という言葉の響きはどこか温かい。その音に連想するのは赤子の笑顔である。 - 東京新聞(2015年6月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015062402000119.html
http://megalodon.jp/2015-0624-0941-57/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015062402000119.html

「ミルク」という言葉の響きはどこか温かい。その音に連想するのは赤子の笑顔である。優しい母親の姿かもしれぬ。
ミルクという音が沖縄の言葉で「弥勒(みろく)」を意味するのは、偶然の一致にすぎぬ。島言葉では母音はア、イ、ウの三つ。オはウになりやすいそうだ。したがって「みろく」は「ミルク」となる。サンスクリット語の「マイトレーヤ」は「弥勒」となり、沖縄では豊穣(ほうじょう)や平和の象徴である「みるく」「みるくさん」となった。
「みるく世(ゆ)がやゆら」。「みるく世」とは、「弥勒」による平和で穏やかな世界。「みるく世なのでしょうか」という意味となる。太平洋戦争末期の沖縄戦終結から七十年。昨日の沖縄全戦没者追悼式で与勝(よかつ)高校三年の知念捷(ちねんまさる)さんが読み上げた詩は日本人にこう問い掛けた。米軍基地が集中する沖縄の現状。安保法制。その問いに口ごもる時代である。
「みるく」と聞いて広隆寺弥勒菩薩半跏思惟(ぼさつはんかしゆい)像のお姿を浮かべる方もいるか。
飛鳥時代のその仏像をドイツの哲学者ヤスパースは、「人間実存の最高理念」が表現されていると絶賛したが、国立民族学博物館名誉教授の立川武蔵さんはその見方に慎重で「この仏像は悩んでいる。人々のために苦しんでいる」とおっしゃる。
沖縄の問題は日本人全員の問題である。解決のためにともに悩み、苦しむ。「みるく世」への道はそこにしかあるまい。