【政界地獄耳】会見すら開かない不祥事政治家、なめられているのはメディアと国民 - 日刊スポーツ(2023年11月10日)

https://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/202311100000043.html

★7日、旧統一教会は会長・田中富広と教会改革推進本部長・勅使河原秀行が教団本部で会見を開いた。会見は開くが出席できるのは教団が招待する記者だけで、時間も1時間と区切られる。同教団を取材してきたいわば専門記者やフリーランスは入れない。いささか都合のいい会見ではないかと思うが教団にも理屈がある。以前ホテルで開いた会見では記者たちが暴動のようになり、2度と借りられなくなった。だから制限するのだという。その言い分も少々都合がいい話に聞こえるが会見は開いている。

★官邸では通常、官房長官が午前と午後の2回、必要ならば首相も会見を開く。内閣記者会が出席するが、外国人記者やフリーランスも所定の手続きをすればすべてではないが出席できる。ただ、そこで質問を受ける時に最近は記者会以外の記者はほとんど指されないので質問もできない。それなら嫌なことも聞かれないし、過去に厳しい質問をした記者は指されないというレールすら敷かれたようだ。招待したおとなしい記者だけに囲まれての会見、会見に入れるものの、質問も答えも用意されるようなやりとりが続き、ほかの記者は指名されないのと一体どちらがいいのか。どちらも会見の体ではない。

★会見の在り方が国民の興味の対象になったのは、いわゆるジャニーズ会見だろう。会見開催側の趣旨や立ち位置、司会の中立性や独立性、会見のルールは誰が決めるのかなど、考えさせられる会見が続いたことにある。ところが日大アメフト部の薬物事件の会見では事件の中心である当のアメフト部の監督が出てこないなど不思議な事案も起きている。それでも会見の首尾はともかくも開く覚悟を褒めなくてはならない。政治家の不祥事での会見は役職上で仕方がない会見こそ開かれるが、その義務のない政治家の多くはSNSやブログなどに謝罪ともとれぬ説明をして終わる場合が多い。謝る側になめられているのは結局メディアと国民だ。(K)※敬称略