<南風>開戦の日 - 琉球新報(2023年8月15日)

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終戦の日にコラムが掲載されることに特別な感慨を覚えている。まずは紙面を借り、世界の平和と人々の幸福を祈念したい。「開戦の日」があったから「終戦の日」がある。読者の皆さんは日本の「開戦の日」はいつだとお考えだろうか。

1945年8月15日に公表された昭和天皇によるポツダム宣言受諾の伝達、いわゆる「玉音放送」には「交戦すでに四歳(しさい)を閲(けみ)し」(戦闘状態は既に4年を経て)とある。このことから、日本は41年12月8日、すなわち真珠湾などへの攻撃を「開戦」と認識していることが読み取れる。

しかし、これはあくまでも「太平洋戦争」の開戦日に過ぎない。日本は31年9月18日に関東軍瀋陽で起こした「満州事変」を契機に中国への侵略を本格化し、37年7月7日に北京で勃発した「盧溝橋事件」によって中国との全面戦争に突入した。そのため、中国では満州事変や盧溝橋事件を「開戦」とする見方が一般的であるが、「玉音放送」には日中戦争や戦争で中国に与えた被害に対する視点が欠落している。8月15日を再び戦争を起こさない決意を新たにする日と位置付けるのであれば、この点に注意する必要があろう。

日中戦争と太平洋戦争の末、沖縄は戦場となった。日中戦争がなければ沖縄戦は起こり得なかったし、それは今でも同じだろう。その意味において「ノーモア沖縄戦」は「ノーモア日中戦争」と同義である。そして、それを期すためには歴史、特に近代史を学び、中国と真摯(しんし)に向き合っていかなければならない。

3日前の8月12日は「日中平和友好条約」締結45周年だった。10月23日には同条約の発効45周年を迎える。戦争の歴史を乗り越え、あらゆる紛争を武力に訴えずに平和的に解決すると誓った同条約の意義を、日中双方で再確認してもらいたいと心から願う。
(泉川友樹、日本国際貿易促進協会業務部長)