週のはじめに考える 負の歴史に学んでこそ - 東京新聞(2017年9月17日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017091702000147.html
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昭和の戦争の発端である満州事変は八十六年前の九月十八日に起こりました。日中の負の歴史に学んでこそ、確かな関係改善の道筋を見いだせるのです。
満州事変は関東軍による自作自演の謀略である鉄道爆破の柳条湖事件で始まりました。その六年後には北京郊外で旧日本軍に銃弾が撃ち込まれる盧溝橋事件が起こり、日中は泥沼の全面戦争に突入していきました。
政府や軍の一部には戦火不拡大論もありました。残念なことに、満州事変の成功に味をしめ、華北を「第二の満州国に」と企てる関東軍や軍強硬派は「中国一撃論」を唱え、不幸な日中戦争を回避する機会を逸しました。
アヘン戦争で敗れた中国は、国際社会から「東亜病夫」(東洋の病人)とまで見下されていただけに、日本側に「一撃で倒せる」という、おごった気持ちがあったのは間違いありません。

◆危険な排他的民族主義
この時代は、「暴支膺懲(ぼうしようちょう)(粗暴な支那を懲らしめる)」と叫ぶ政府や軍の扇動により、日本社会では中国人を蔑(さげす)む風潮も生まれていました。
日本政府や軍の一部高官が隣国をおとしめるような世論形成をし、満州事変の謀略にまで手を染めて戦争に突入していった歴史を忘れてはなりません。
権力のおごりを戒めることは、安倍政権による民主主義の手続きを軽視する姿勢が目立つ今こそ、思い起こすべき歴史の教訓でもあります。
安倍政権は二〇一五年、集団的自衛権の行使を含む安全保障関連法の成立を強行し、「専守防衛」の枠組みを崩しました。犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」も数の力で成立させました。当局が「内心の自由」にまで介入してくる点では戦前の悪法「治安維持法」を思い起こさせます。
政治の右傾化に伴い、日本社会に排他的な民族主義の傾向が強まり、「中国脅威論」すら高まっていることが気がかりです。
一方、中国の実情に目を移せば、胡錦濤政権の時代に打ち出された「平和台頭論」がすっかり影を潜めたことが心配です。
反腐敗闘争を通じて一強体制を固めた習近平国家主席は、対外的には「中華民族の偉大な復興の夢」を唱え、強烈な言論統制で国内の締めつけを図っています。
中国の小中学校で今秋、盧溝橋事件以来の八年間としていた「抗日戦争」の解釈を、満州事変からの十四年間に拡大した教科書の使用が始まりました。「抗日戦勝利の功績」を権力正統性の根拠とする中国共産党の抗日歴の長さをアピールする動きにも映ります。
南シナ海などで、ナショナリズムをたぎらせて覇権主義的な対外拡張を図ろうとするふるまいは、これもまた謙虚に歴史に学ぶ姿勢とはいえません。

◆不信起こさせぬ責任
今年は日中国交正常化四十五周年の節目の年です。北京で記念式典が開かれ、ようやく双方の政府関係者から「好転の兆しがある」と言われる段階に戻りました。
五年前の四十周年の際には、当時の民主党政権の「尖閣国有化」に中国が猛反発し、お祝いムードとはほど遠い険悪な状態でした。
しかし、日本側が侵略戦争の歴史にきちんと向き合わず、中国が過剰な愛国教育で反発を強める現状は大変危険です。双方の指導者が求心力を高めるためにナショナリズムをあおるのであれば、不幸な戦争が繰り返される恐れすら否定はできません。
七月に「日中戦争全史」(高文研)を刊行した都留文科大の笠原十九司(とくし)名誉教授は本紙の取材に「国民相互の不信は、ふとしたきっかけで敵対意識に転化し、互いに軍事行動を支援するようになりかねない」と警鐘を鳴らしました。
戦争にすら至りかねない平時の国民相互の蔑み、事実誤認…。不信を起こさせぬようにする最大の責任は、政治にあります。

◆心強い前向きな若者
だが、近年は政治のパイプが機能不全に陥りがちであるだけに、補完機能として民間交流の拡大に強く期待します。言論NPOの一六年秋の世論調査でも、日中国民の六割以上が民間レベルの交流を「重要」だと答えています。
名古屋外国語大で六月に開かれた「日中大学生討論会」で、同大の山本裕佳さんは「過去に起きたことを若い世代も十分に勉強して知ることが大切です」と述べ、『日中共同の歴史教科書』を作る取り組みを提案しました。天津外国語大の王儷舒(れいじょ)さんは「若者交流で大切なのは、お互いの良さを発見することです」と強調しました。
討論会では、四十五周年を「日中の新たな夜明けに」との呼びかけもありました。負の歴史に学んだうえで、前に進もうとする日中の若者に心強さを覚えます。