(余録)「夏がくれば」と聞き、思い浮かぶのはあの歌だろう… - 毎日新聞(2023年7月17日)

https://mainichi.jp/articles/20230717/ddm/001/070/167000c

「夏がくれば」と聞き、思い浮かぶのはあの歌だろう。群馬、福島、新潟の3県にまたがる尾瀬がテーマの「夏の思い出」だ。その歌詞から「ミズバショウは夏が見ごろ」と誤解されるが、白い苞(ほう)が湿原を覆うのは雪解け直後の5~6月だ。

作詞者の江間章子(えま・しょうこ)は、戦時中に訪れた尾瀬と、幼いころ過ごした岩手県の光景を重ねて描いた。歳時記でミズバショウが夏の季語だったことから、夏の歌にしたとされる。

では、童謡「うみ」の舞台はどこか。作詞をしたのは、尾瀬の玄関口、海のない群馬県沼田市出身の林柳波(りゅうは)だ。1905年、13歳で上京後、薬学校へ進学して薬剤師になった。30代で童謡の作詞を始め、45歳で国民学校の音楽教科書の編集委員となり、その後「うみ」を発表した。

参考にしたのは「上京して初めて見た東京湾」「35歳で旅した樺太の風景」「娘と訪れた逗子や伊豆の海」など諸説ある。沼田市の研究会の調査でも特定できていないが、心に残った海があったのだろう。

当時の歌は、軍国主義に沿う勇ましさを求められた。だが、出来上がったのは、穏やかで夢あふれる内容だった。研究会の井沢和男会長(89)は「国の方針と異なった結果、後世へ歌い継がれる素晴らしい歌になった」と語る。

昨今の海は、安全保障や資源開発の対象として注目されることが多く、環境汚染による生態系の危機も高まる。きょうは「海の日」。一人一人の心に残る海や、海から得た感動を思い出し、将来へ残すための行動につなげたい。