<コラム 筆洗>エジプト在住の知人は約二十年前に日本を旅し、広島の原爆資料… - 東京新聞(2023年5月20日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/251153

エジプト在住の知人は約二十年前に日本を旅し、広島の原爆資料館を訪れた。当時三十歳のエジプト人に最も強い印象を与えた展示は、焼けた三輪車だったという。
原爆投下当時、爆心地から一・五キロ離れた家の前で鉄谷伸一ちゃん=当時(3つ)=が乗っていた。「水をちょうだい」と苦しんだ末、冷たくなった。
父親の信男さんは遺体を火葬する気になれず、天国でも遊べるようにと三輪車と一緒に庭に埋葬した。被爆から四十年後に骨を墓に移そうと掘り返し、三輪車は資料館に寄贈した。多くの人の心に残る展示らしく、経緯は絵本『伸ちゃんのさんりんしゃ』(童心社)に描かれた。
G7広島サミットに参加した各首脳も、展示に何かを感じただろうか。一行が昨日、資料館を訪れた。滞在は約四十分。何を見たのか気になるが、小欄執筆時点で詳細は明らかではない。七年前に訪れたオバマ米大統領(当時)は滞在約十分。ロビーに一部の収蔵品が集められ、斃(たお)れた人の遺品となった弁当箱などを見たと後に報じられている。
先の絵本は、年を重ねた信男さんが孫たちに伸ちゃんの話を聞かせる形で進む。最後にこう語りかける。「さんりんしゃで、おもいきりあそべるよのなか、へいわなよのなかにしようねえ」
子どもたちが遊び、弁当を持って出掛けた家族もちゃんと帰ってくる日々を守ることこそ、政治の務めだろう。