(余録) 旧東ドイツの国家保安省は… - 毎日新聞(2021年3月1日)

https://mainichi.jp/articles/20210301/ddm/001/070/104000c

旧東ドイツの国家保安省(シュタージ)は、社会主義体制を守るため国中に監視網を巡らせた。人々の言動を見張ったのは約9万人の役人に限らない。国民の6人に1人が、親友や同僚、家族を盗聴・密告していた。
「東独のボブ・ディラン」と称賛された反体制派の人気シンガー・ソングライターも秘密警察の協力者だった。映画「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」は、冷戦終結後に露見した恥ずべき過去と自ら向き合う姿を描く(5月に日本公開)
炭鉱でのきつい勤務中、浮かんだ歌詞を携帯録音機につぶやく毎日。草木をたたえ、仲間との暮らしを慈しみ、自由への憧れを歌うことが、体制へのささやかな抵抗であり、生きるよりどころだった。歌いたいというその心を国家はからめ捕った。
トランプ前米大統領支持者らが米議会に乱入し、フェイスブックツイッターがトランプ氏の情報発信を止めた時、メルケル独首相は停止措置を批判した。言論の自由の重み、自由を守る苦しみを知る旧東独出身者ならではの信念だったのか。
監視社会は国家の命令だけでは成り立たない。新型コロナウイルス感染症対策で、日本にも「自粛警察」「マスク警察」が大量に出現した。政治体制が何であれ、国家に寄りかかろうとする心は相互監視を生む。
グンダーマンには密告者の自覚がなかった。当時はそれくらい自然な生き方だったのだ。友人に告白すると、自分も友人に監視されていたと知る。政治の退廃は何気ない日常の裏に潜んでいた。

 (関連)

東ドイツ秘密警察に協力していた歌手ゲアハルト・グンダーマンの映画が5月公開 - ナタリー(2021年2月23日)

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