あすへのとびら 監視国家化に抗する 個の尊厳を守るために - 信濃毎日新聞(2019年6月23日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190623/KT190622ETI090004000.php
http://archive.today/2019.06.24-012509/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190623/KT190622ETI090004000.php

共謀罪法が成立して2年が過ぎた。幅広い犯罪について、計画しただけで処罰の対象とし、合意した全ての人に網をかける。内心に踏み入り、思想の取り締まりにつながりかねない立法である。摘発された事例はまだないが、法の危うさが薄れたわけではない。
そして、共謀罪とも関わって見過ごせないのが、改定された通信傍受法だ。今月から全面施行され、電話やメールの傍受(盗聴)に際して通信事業者の立ち会いが不要になった。捜査機関の制約を取り払ったに等しい。
情報漏えいの教唆や共謀も処罰する特定秘密保護法を含め、公権力による監視や情報収集を歯止めなく広げかねない法制度が次々と整えられてきた。情報通信技術の進歩と相まって、監視国家化が進む現状に目を凝らしたい。
通信傍受は、警察の施設内に専用の機器を置き、外の目が全く届かないところでできるようになった。裁判所の令状は必要だが、密室で不当な傍受が行われていないかを確かめるすべはない。
薬物や銃器に関わる犯罪に加え詐欺や傷害といった犯罪でも傍受が可能になり、対象者の範囲は大幅に拡大している。何かの嫌疑をかけ、特定の個人や集団の情報収集に使われる余地も増した。

<既に広範な情報が>

事後に当事者に通知する仕組みはあるが、記録を証拠として使う場合に限られる上、傍受された内容が全て分かるわけでもない。そもそも情報収集が目的なら、当事者は何も知りようがない。憲法が定める「通信の秘密」が有名無実化しかねない状況だ。
共謀罪も、あらかじめ目をつけた組織や個人の動向を探るための監視、盗聴に結びつく懸念が大きい。通信傍受だけでなく、盗聴器を仕掛ける会話傍受の法制化につながり、プライバシーの著しい侵害を招く恐れがある。
ひそかに情報を集め、個人の思想信条や交友関係を調べるといった公安警察的な活動も、法を後ろ盾に広がるだろう。既に広範な個人情報が本人に知らされないまま捜査機関に渡っている。その実態の一端が明らかになっている。
鉄道、バスなど交通各社、ポイントカード会社、コンビニ…。検察が内部で共有する一覧表には全国の300近い企業名が並ぶ。利用者の情報を各企業から入手する手順をまとめたものだ。警察の協力を得て作ったという。
情報の大半は裁判所の令状が要らない「捜査関係事項照会」で取得できると記してある。刑事訴訟法に基づいて情報提供を求める手続きである。具体的な理由を示さずにできるため、捜査とは別の目的で使われても分からない。
企業は本来、本人の同意を得ずに個人情報を提供できない。捜査機関の要請に応じるかどうかは任意だ。にもかかわらず、多くが無条件に応じていた。
個人の行動は今やあらゆるところでデータとして記録され、蓄積されている。集めた情報をつなぎ合わせれば、日々の生活はほぼ丸裸になる。インターネットの書き込みや閲覧履歴をたどり、内面をうかがい知ることも可能だ。
監視カメラの目から逃れることもできなくなった。国内には既に500万台が設置されているという。音声も同時に記録するカメラが増え、タクシーなどに備えつけられている。カメラの存在に違和感を覚えなくなった先に、至るところで会話が録音されて捜査機関の手に渡ることになるのか。

<誰もがわが事として>

監視や盗聴がはびこる社会は人を疑心暗鬼にし、自由な思考と主体的な意思形成を妨げる。民主主義の土台が掘り崩されていく。
監視国家化を拒み、どうやって個人の尊厳と自由を守っていくか。共謀罪法はやはり廃止を見据えた取り組みが必要だ。思想や言論の取り締まりにつながる危うさは、かつての治安維持法と重なり合う。警察の権限が強大化し、人々が監視と密告におびえる社会を再来させてはならない。
通信傍受は詐欺集団などの捜査には有効だとしても、適用する犯罪を限定し、厳格な要件と手続きを定めるべきだ。運用を監督する独立した機関も要る。
もう一つ大切なのは、プライバシー権を保障する法整備だ。憲法は人権保障の核に「個人の尊重」を置いている。プライバシーはそのために欠かせない権利である。現在の個人情報保護法は、事業者の義務ばかりを定め、守るべき権利が明確でないと中央大准教授の宮下紘さん(憲法、情報法)は著書で指摘している。
利便性などと引き換えに多くの人がプライバシーを自ら差し出している現状にも目を向ける必要がある。監視と管理の強化に利用されないよう個人データを保護する仕組みはどうあるべきか。誰もがわが事として考えたい。