(筆洗)<目が覚めたとき、君は新しい世界の一部になっている>。村上… - 東京新聞(2021年1月22日)

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<目が覚めたとき、君は新しい世界の一部になっている>。村上春樹さん『海辺のカフカ』の印象的な言葉だ。一晩で世界が一新されることなどめったにないのだろうが、近ごろ、この言葉を何度か思い浮かべている。
核兵器大国の米国で、いわゆる「核のボタン」も前大統領のもとを離れたようだ。トランプさんは軍事に関し、好戦的には見えなかったが、行動に常識で予測できないところがあった。核に関する「継承」の知らせは、世界にいい朝をもたらす、ちょっとした材料ではなかったか。
もう一つ。きょう目覚めたころには、日付が変わったいくつかの国で核兵器禁止条約が発効している。核兵器を違法とする新しい世界の始まりだろう。多くの日本人が願った発効だ。ようやくここまできましたと亡くなった被爆者の霊前に報告もできよう。
この条約発効によって核兵器をめぐる現状が激変するわけではない。保有国の米英仏中ロは条約に反対である。核戦力の均衡、抑止力による安全保障の理屈は揺るがないようだ。米国の同盟国のわが国も条約に加わらない。
保有国には、むなしい理想に見えるのかもしれないが、力をたのみにする指導者が保有国にも現れている時である。非保有国が突きつける声として、重みを持つこともあろう。日本も関われないものか。
発効が次のいい目覚めを迎えるための一歩になればいい。