NPT体制の50年 核軍縮の原点に立ち戻れ - 毎日新聞(2020年2月24日)

https://mainichi.jp/articles/20200224/ddm/005/070/053000c
http://archive.today/2020.02.24-004110/https://mainichi.jp/articles/20200224/ddm/005/070/053000c

東西冷戦さなかの1962年に起きたキューバ危機は、世界を核戦争の瀬戸際に追い込んだ。
ソ連が支援するキューバでミサイル基地建設が始まり、米軍は空爆を主張し、戦況に応じて核兵器の使用もあり得ると提言した。
ケネディ米大統領はミサイル搬入を阻止する海上封鎖で難局を乗り切るが、万が一に備え核兵器を積んだ爆撃機に飛行命令が下された。
弟で司法長官だったロバート・ケネディ氏は核兵器使用を求める軍部の議論を皮肉交じりに述懐している。「間違っていても、(人類が滅亡し)だれもいなくなって間違いだったことに気付かれずにすむという利点がある」(自著「13日間」)
核攻撃の応酬になれば地球は壊滅する。キューバ危機の恐怖体験を教訓に米ソが主導して締結されたのが核拡散防止条約(NPT)である。

米露の危険な戦略強化
核兵器保有国を米英仏中露の5カ国に限定し、新たな核保有国を認めない制度だ。保有国には核軍縮交渉の義務が課せられている。「核なき世界」に向かう原点といえよう。
その発効から3月5日で50年になる。だが、半世紀を経た世界の現状は冷戦に戻ったような寒々しさだ。
45年の米軍による広島・長崎への原爆投下は、核兵器のすさまじい殺傷力や重い後遺症を残す非人道性を世界に知らしめた。
しかし、この恐怖心はむしろ核軍拡競争へと世界を駆り立てた。
世界の核弾頭数はNPT発効後も増え続け、86年に7万発を超えた。人類が数十回も滅んでしまう量だ。
核兵器を持つ国もイスラエル、インド、パキスタンが加わり、核開発を進める北朝鮮を含めて9カ国に拡大している。
核弾頭数は、冷戦末期になって米ソが締結した中距離核戦力(INF)全廃条約や戦略兵器削減条約(START)によって、約1万4500発にまで削減された。
ところが、3年前に発足したトランプ政権はロシアの履行違反を理由にINF条約を破棄した。1年後に期限切れとなる新STARTを継承する軍縮条約交渉も進んでいない。
大きな問題は、世界の核弾頭のほとんどを保有する米露両国が核戦略をより強化していることだ。
ロシアは極超音速で飛行する最新核兵器を配備した。米国を射程に入れる大陸間弾道ミサイルICBM)に搭載され、米国のミサイル防衛網を突破する能力があるという。
米国は新型の小型核弾頭を搭載した弾道ミサイル原子力潜水艦に実戦配備した。小型核はすでにロシアも保有しているとされる。
被害が限定的な小型核だと使用に踏み切るハードルが下がり、核戦争のリスクが高まるおそれがある。
北朝鮮の核問題を巡る米朝交渉は行き詰まり、イランも核開発を再開した。トルコが将来の核兵器保有の可能性を示唆して物議を醸した。核兵器の脅威はより高まっている。

不拡散の立て直しこそ
何のために核兵器を開発し、保有しようとするのか。抑止力を強化したり、交渉材料とする意図があったりと理由はさまざまだろうが、実際に使うためとは思えない。
大国同士でも、大国が小国に対してでも核兵器は広島・長崎以降、使用されていない。その非人道性が道徳的に各国指導者の手足をしばり、踏みとどまらせてきたのだろう。
米国は核戦力の更新を進めている。だが、米国内には通常兵器による抑止力を強化すべきだという議論もある。その方が少なくとも核軍縮を後押しする。
保有国がNPTの特権にあぐらをかいて軍縮に取り組まず、核兵器の近代化を進めながら、ほかの国は核兵器を持つべきではないという理屈は、大国のエゴでしかない。
軍縮の履行を点検する5年に1度のNPTの再検討会議が4月に始まる。8月は原爆投下から75年だ。核問題を改めて意識する年になる。
唯一の戦争被爆国として日本は究極的な核廃絶を掲げる。だが、2年半前に採択された核兵器禁止条約には背を向けたままだ。
INF条約失効を受け米国によるアジアへの中距離ミサイル配備が取りざたされる。中国をにらみ日本も配備先の候補になる可能性がある。
節目の年に日本が核軍縮を説き、不拡散体制の再構築に取り組む意義は大きい。とりわけ米国の説得が重要だ。核軍拡競争を再び起こすようなことがあってはならない。