(余録) 米独立革命を思想的に支えた文筆家… - 毎日新聞(2021年1月9日)

https://mainichi.jp/articles/20210109/ddm/001/070/074000c

独立革命を思想的に支えた文筆家、トマス・ペインはいう。「米国の代表民主政こそ古代アテナイの民主主義を大規模に、より完全に実現させた」。新しいアテナイをめざした米民主主義の初心であった。
首都ワシントンの歴史的建造物も古代ギリシャやローマを理想とする新古典主義様式で、米国会議事堂もその一つという。だがアテナイの民主政がその栄光を極めた後に、扇動政治家と衆愚政治により衰亡したのも忘れてはいけない。
ドイツ語のデマゴーグとはその手の扇動政治家で、派手な弁舌で民衆の恐怖や怒りをあおり、その熱狂を権力に変えた。こう言えば今なら誰しもあの人物が頭に浮かぶ。その扇動が巻き起こした米民主政治の前代未聞(ぜんだいみもん)の不祥事である。
5人の死者も出たトランプ大統領支持派による議事堂乱入、占拠事件だった。議事堂への行進を促したのは大統領自身で、事件後も彼らを「愛国者」と呼んだ。それが急に事件の非難に転じたのは、事の重大さをさとったからだろう。
米民主主義の“聖(せい)廟(びょう)”襲撃には超党派の非難が噴出、大統領罷免(ひめん)要求も広がった。閣僚や高官の辞任表明も相次ぎ、孤立したトランプ氏はバイデン氏への円滑な政権の移行を約束、メディアは氏が選挙の敗北を初めて認めたと報じた。
変わり身の早さはデマゴーグのそれたるゆえんで、その口から突然「癒やしと和解」の言葉を聞いても安心はできまい。衰亡か、それとも復活か。デマゴーグの時代を迎えた「新しいアテナイ」の岐路(きろ)である。