(筆洗) 大林宣彦さんが亡くなった。- 東京新聞(2020年4月12日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2020041202000142.html
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カタカタカタ。映写機の音。蔵の中で少年が映写機と漫画映画のフィルムを見つける。映写機で遊ぶ少年。やがて聞こえてくる軍歌。砲撃音。玉音放送。<ぼくは死ねなかった>。カタカタカタ。<ぼくは卑怯(ひきょう)者だ><ぼくは平和孤児だ>
医学部の受験会場。窓から外を眺める青年。突然、教室から飛び出していく。<ぼくは教室から逃げるんじゃない>。映写機の音。聞こえてくる軍歌。<ぼくは映画の世界へ飛び込んでいくんだ>。蔵の中で見つけた映写機と漫画映画。カタカタカタ。
繁栄した東京のビル群。ファインダーをのぞく男。映画「時をかける少女」。若い女優。「時はどうして過ぎていくの」。軍歌。砲撃音。玉音放送
老監督が五十歳になった男に教える。「映画には必ず世界を救う力と美しさがある」。カタカタカタ。「君はもう少し先へ行ける。君が無理だったら子どもたちの世代。それがだめなら、次の世代。きっと映画の力で世界から戦争がなくなっている」。軍歌。砲撃音。玉音放送。<ぼくは死ねなかった><ぼくは平和孤児だ>
病室。がん宣告。撮影現場。映画「花筐(はながたみ)」。<ふとはずみで立ち上がる。戦争がはじまる時はこんなものかもしれないね><青春が戦争の消耗品なんてまっぴらだ>。カタカタカタ。あの蔵の中。映写機の音が悔しそうにやむ。
大林宣彦さんが亡くなった。八十二歳。