緊急事態宣言発令 民主主義守り危機克服を - 北海道新聞(2020年4月8日)

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/410281
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安倍晋三首相がきのう、東京、大阪など7都府県を対象に、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を発令した。期間は5月6日までとした。
首相は、外出自粛などの対策が奏功すれば「感染者の爆発的増加の可能性は相当程度低下する」と述べ、国民に協力を呼びかけた。
対象地域の知事は、人が集まる施設の使用停止やイベント中止を要請・指示できるほか、医療施設を臨時に開設する土地・建物の強制使用などが可能になった。
感染が急拡大している東京をはじめ、対象地域は医療崩壊が近いと言われている。国民が必要な医療を受けられなくなる事態は、何としても避けなければならない。
そのために今は、人と人が接触する機会を極力減らし、感染を抑え込むしかない。それが現実だ。
首相は当初、経済への打撃を懸念し慎重姿勢を示していた。危機的状況を前に、私権制限を伴う非常手段へと方針転換したようだ。
ただ民主主義社会においては、こうした措置はあくまで目的を達成する手段として限定的、一時的なものでなければならず、乱用や恣意(しい)的運用があってはならない。
どのような状況で解除するか、「出口」を明示する必要もある。
そのことを大前提に、政府と自治体は協力を求める国民から信頼を得る努力を欠かさず、感染拡大抑止に全力を挙げてもらいたい。

■「封鎖」発言の悪影響
政府は、宣言後も中国や欧米諸国で行った強制力を伴うロックダウン(都市封鎖)は実施しないと強調している。実際、日本で行政府に都市封鎖の権限はない。
だが小池百合子都知事は当初、都市封鎖の可能性に言及した。その結果、不安にかられた人たちが東京から感染者の少ない地方に移動する動きが加速し、感染リスクを拡散した―との指摘がある。
危機の際に重要なのは指導者が正確で詳細な情報を伝え、国民に共有してもらう対話の姿勢だ。不用意な発言が大きなマイナスをもたらした典型例と言えよう。
苦境にある国民に少しでも安心感を与える措置も大事である。
東京都は宣言を受けて休業要請を幅広い業種に出す方針だ。ただでさえ経営難が深刻になっているところに、企業や店に与える損失は計り知れない。
だが、きのうの記者会見で首相は、要望の強かった休業に伴う直接の損失補償は行わない考えを改めて示した。
収入減の中小企業、個人事業者には給付金を支給するが、十分ではない。休業要請と補償は一体であるべきだ。痛みを強いるようなやり方は不安と不信だけが残る。

■「強権」容認は危うい
緊急事態宣言に至る過程では、慎重姿勢の首相に対し、医療崩壊への強い危機感から感染症の専門家や医師会などが発令を訴えた。
野党からも促す声が相次ぎ、民放の世論調査では発令すべきだとの回答が8割に達した。
現在のコロナ危機は人の命に直結しているだけに、行政府の強権発動につながる措置もやむを得ない―。そんな空気が社会に広がっていることの表れだろう。
もともと公衆衛生や感染症対策といった分野は、患者や感染者の行動を制限し、その履歴を詳しく追跡することによって対策の実効性が上がる側面は否めない。
ただ一歩間違えば、民主主義の基盤である個人の自由と人権が軽視され、強権的な監視国家に道を開く方向へ社会が進みかねない。そんな危うさと背中合わせだ。
一党独裁体制の中国は、感染を抑え込むために徹底した都市封鎖と行動制限を行った。
治安機関の対テロ技術を使い感染者の位置情報収集を始めたイスラエルや、非常事態宣言の延長が議会承認なしで無期限にできるようになったハンガリーなど強権的統治は世界で勢いを増している。
日本の緊急事態宣言も、野党は事前の国会承認を求めたが政府・与党は拒否し、衆参の議院運営委員会への事前報告にとどまった。
元来、丁寧な説明や対話を軽んじる安倍政権だ。宣言が、日本の民主主義の衰退を加速させる一里塚にならないよう警戒が必要だ。

改憲への思惑透けた
その点で見過ごせない発言が、きのう衆院議運委で飛び出した。改憲による緊急事態条項創設を主張した日本維新の会の質問に対する首相答弁である。
首相は自民党改憲4項目に緊急事態条項が含まれているとし、「今般の感染症への対応も踏まえつつ、国会の憲法審査会の場において活発な議論が展開されることを期待したい」と述べた。
コロナ危機に乗じて、終息の後は改憲論に弾みをつけたいとの意図が透けて見えると受け取られても仕方がない。これでは政府と国民の真の信頼関係は生まれない。