<金口木舌>84年前の雪の日 - 琉球新報(2020年2月26日)

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陸軍の青年将校昭和維新を唱え、首相官邸などを襲撃した「二・二六事件」が起きた日、東京は大雪だったという。世を震撼させたクーデター未遂事件から今日で84年

▼1930年代の東京の記録を残した写真家の桑原甲子雄さんは事件の翌日、小型カメラを和服に忍ばせ、戒厳令下の市街地を歩いた。憲兵の目を盗み、鉄条網が張られた雪の街を撮った
二・二六事件が起きた年は「昭和史を象徴する事件」が多発したといい、著書「東京昭和十一年」で「こういう不気味な時代が私の青春の背景でした」と記した。桑原さんの写真は東京に忍び寄る不気味な空気を捉えている
▼屋部公子さんの第二歌集「遠海鳴り」は二・二六事件の記憶をたどる連作で始まる。冒頭の歌には「雪」の一文字。「雪降ると聞けば記憶の甦(よみがえ)るとほき二月のとほき叛乱(はんらん)」。歌人は当時7歳、沖縄を離れ、東京で暮らしていた
15年戦争の時代に育ち、軍需工場で働いた。戦後も苦しい生活が続いた。「父の公職追放もあり、一変した暮しのなかで暗い青春時代を送ることになりました」とあとがきで回想する。戦争に翻弄(ほんろう)された青春だった
▼「軍国日本の引き金となりし銃声の幻聴となる二月の空に」。戦世を知る者のみが感じる不穏な音や空気があるのだろう。屋部さんはそれを三十一(みそひと)文字で刻み、歌集を編んだ。忘れてはならぬ歴史の記録である。