台湾総統選 自由を守る選択の重み - 朝日新聞(2020年1月12日)

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「台湾を次の香港にしない」。そう訴えた台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統がきのう再選を果たした。
香港では、市民のデモに対する中国の強権的な抑圧が続いている。台湾の人びとはこの混乱を我がことととらえ、中国への「ノー」を選挙で示した。
中国は香港統治について「一国二制度」を原則としている。習近平(シーチンピン)国家主席は昨年、台湾も受け入れるよう迫ったが、香港の現状が「一国二制度」の実態を見せつけた。
総統選で野党候補は中国との融和姿勢を訴えたが、そこから民意を遠ざけたのは中国自身である。台湾の人びとは、中国との距離を置く「現状維持」を唱える蔡氏を圧勝させた。
1990年代から急速に民主化した台湾はいまや、アジアを代表する自由主義社会の一つである。蔡氏は4年前に総統に就いて以来、台湾に根付く自由と民主の価値観は「空気」のようなものだと強調してきた。
目に見えず、普段は気づきにくいが、みんなで大事にしていかねばならない大切なものだとの比喩である。
暮らしのためには対中関係を深めるべきだとの主張に対し、蔡氏は、いくら豊かになって食べ物を得ても、空気がなければ窒息死してしまうと訴えた。
多くの国々は、強大化する中国とどう付き合っていくかという問題に直面している。それはまさに台湾の悩みであり、緊張の最前線に立たされている。
中国は自らの言うことを聞かなければ、経済や軍事力で圧力をかける。蔡氏が「一つの中国」という政治的主張を受け入れないと、中国は各国政府にだけでなく、海外の民間企業にも影響力をふるう。空母や戦闘機を台湾の近くに派遣する脅しもみせた。
輸出依存が強く、世界の動向に左右されがちな台湾経済の下で、景気の先行きをめぐる市民の不安は小さくない。選挙で迷いがなかったわけではないだろう。それでも、「空気」を守らねば未来は暗い、との危機感が強まっているようだ。
米国と中国との覇権争いは、新たな冷戦とも呼ばれる。根底にある対立軸は、コストはかかっても民主主義の理念を重んじるのか、それとも理念より安定と効率を優先する強権統治を是認するのかの問いだ。中国の影響力が広がるにつれ、強権統治の伸長が懸念されている。
そんななかで、台湾の民意が出した答えの意味は重い。経済発展の希求は捨てずとも、自由や人権といった普遍的価値観をおろそかにすることはありえない。同じく民主主義を掲げ中国と向き合う日本としても、示唆に富む台湾の選択だった。