司法への挑発と忠告 ゴーン被告の逃亡 - 東京新聞(2020年1月4日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020010402000141.html
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「私は今、レバノンにいる」
日産自動車会長カルロス・ゴーン被告が発表した声明で、年末年始は世界中が大騒ぎになった。
金融商品取引法違反と会社法違反の罪で起訴され、保釈中だったのに無断出国し、逃亡していたのだ。むろん保釈の条件には海外渡航禁止が含まれている。その禁を破ったことは、日本の刑事司法への挑戦であり、大いに非難されるべきである。
四月に始まる予定だった公判の見通しは立たなくなった。確かに日本政府は二日に身柄拘束をレバノン政府に要請するよう国際刑事警察機構(ICPO)に求めた。

謎に包まれた脱出劇
だがレバノン側は「国際逮捕手配書」を受け取りつつも、セルハン法相がAP通信に対し、「ゴーン被告を日本に引き渡さない」との意向を表明した。
世界が注目していたゴーン事件だっただけに、このような展開は残念である。無実ならば正々堂々と裁判で決着させる道を選択すべきだった。カネさえあれば逃げられる前例になりかねない。
東京地検入管難民法違反にも当たるとして、警察や出入国在留管理庁と連携し捜査に乗り出している。関係当局はどのような経緯をたどって無断出国に至ったのか、早急に調べねばならない。
データベースにゴーン被告の出国記録はなかった。ホームパーティー開催の機に米警備会社の社員らの手助けで、楽器の箱に隠れて逃亡したとも報道された。プライベートジェット機を使って、トルコ経由でレバノンへと…。夫人の手配だったとも…。
しかし、ゴーン被告は「家族が関与したとの報道は間違いだ。自分一人で準備した」と米国の代理人を通じて発表しており、謎に包まれたままだ。

検察官が裁判官役を
著名な被告の堂々たる海外脱出は、保釈中の監視態勢の問題や保釈の在り方の問題などをあぶり出した。裁判所、検察庁出入国在留管理庁の連携そのものに重大なる欠陥が潜んでいることも明白になった。逃走の防止策は強化せねばならないし、そのための立法も必要かもしれない。
ただ「保釈は認めないように」とか「被告は拘置所に閉じ込めておくべきだ」とかの論に結びつけては危険だ。もともと日本の刑事司法は世界から見て異様である。
自白しない限り、拘置が延々と続く実態があるからだ。家族らとの接見が禁じられたりもするから、孤独から早く抜け出すために、虚偽の自白をする事態も生んでしまう。これは「人質司法」と呼ばれる。ゴーン被告の事件で海外メディアを中心に、この問題への批判が噴出した。
刑事訴訟法は証拠隠滅や逃亡の恐れだけでなく、被告の不利益の程度も考慮すると規定する。つまり「過度な身柄拘束は控えるべきだ」という考えが定着しつつあった。そのため近年は保釈率がわずかに上がっており、この流れは止めるべきではない。
ゴーン被告の場合は海外渡航の禁止や監視カメラの設置など、十五もの保釈条件を厳守する約束があった。だから、保釈を認めないのではなく、その条件の不備と考えるべきなのである。
だが、なぜゴーン被告は逃亡したのか。もう一度、昨年末の声明を振り返ってみる。

<有罪が前提で、差別がはびこり、基本的人権が否定されている不正な日本の司法制度の人質ではなくなる。国際法や条約に基づく日本の法的義務を著しく無視するものでもある。私は裁きから逃れたのではなく、不正と政治的迫害から逃れた>

これを理解するには、まず日本では検察が起訴すれば99%有罪だという現実がある。ただし犯罪白書によると逮捕者のうち起訴されるのは40%程度でもある。
つまり海外からは、検察官が裁判官の役目をしているように見えるのだ。「無罪推定」ではなく、「有罪推定」に立つようなものと…。かつ証拠を握る検察側は、弁護側に全証拠を開示しない。取り調べでも、海外では一般的な弁護人の立ち会い権がない。
これで無罪を勝ち取るのは制度上でも難しかろう。それゆえゴーン被告の目には「不正な司法制度」と映ったのかもしれない。

海外紙は制度批判を
既にオリンパス粉飾決算を告発した元外国人社長が「日本では公正な裁判を受けられない」と英紙タイムズに話している。
フランス紙レゼコーは、公判の長期化で夫人との接触禁止が解かれない見通しが「脱出作戦にゴーサインを出した」と報じた。ロイター通信も「家族と離れた保釈生活に苦しんでいた」と伝えた。
スパイ映画もどきの国外逃亡は、意外と日本の司法制度への厳しい忠告となる可能性があろう。