(筆洗) ホワイトハウスでの定期購読を打ち切る - 東京新聞(2019年10月28日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019102802000113.html
https://megalodon.jp/2019-1028-0902-11/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/hissen/CK2019102802000113.html

十九世紀の米国新聞人でジャーナリストのジョゼフ・ピュリツァーの名言がある。新聞の記事、見出し、社説に必要な要素を挙げている。
まず「分かりやすさ」。当然だろう。そして「ユーモア」「風刺」「独創性」「文章力」などを指摘し、最後にこう結んでいる。「正確さ、正確さ、正確さ!」
この人には新聞がどうしても「フェイク、フェイク、フェイク!」と見えるらしい。おそらくそうではなく、自分にとって不都合な報道をそう強調することで消し去りたいのかもしれぬ。トランプ米大統領が自分に批判的なニューヨーク・タイムズワシントン・ポストホワイトハウスでの定期購読を打ち切るという。
連邦政府のすべての機関での購読をやめさせる方向というから異常である。他の新聞については購読を継続するというから両紙に対する言論弾圧と言われても当然である。
どんな新聞も世の中や国民の考えを映す鏡なのだろう。無論、新聞によって映り方はさまざまである。トルーマン大統領は「一紙だけで事実を判断してはならない」と各紙に目を通していたと聞くが、トランプ大統領は映っているのはまぎれもない自分なのに、映り方が気に入らぬと特定の鏡を選んで割ってしまいたいらしい。
定期購読をやめても鏡は消えない。むしろ、危険なやり方によって、米国という鏡にその姿はより醜悪に映るだろう。