週のはじめに考える さあ、本屋に行こう - 東京新聞(2019年9月29日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019092902000173.html
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冠につく言葉で思い浮かぶのは、「プラハの」春とか「金鳥の」夏とか「核の」冬とか、ほかの季節は、まあ、そんなところですが、秋は別格。
「食欲の」「スポーツの」「芸術の」と多彩です。そして、本稿が寄り掛かるのは「読書の」-。
しかし、読書の周辺、活字文化の現状を眺めれば、何ともお寒い状況というほかありません。新聞でも書店の窮状が繰り返し伝えられています。各紙記事によれば、書店の数は一九九〇年代、全国で二万二、三千軒はあったのに、もう一万軒ほどが閉店しており、「無書店自治体」も増えているといいます。何というか、むしろ「読書の冬」の趣…。

◆「読書時間ゼロ」5割
書店苦戦の理由はいくつもありそうですが、フランス政府が重く見たのはインターネット通販の影響でした。数年前、小規模書店保護を目的に、ネット書籍販売での配送料無料サービスを禁止する法案が議会で可決されました。米ネット販売大手を意識した、いわゆる「反アマゾン法」。当時、文化相は「わが国が持つ本への深い愛着を示した」と語っています。
ほかにもっと端的な理由を探すなら、やはり「活字離れ」ということになりましょう。昨年二月、全国大学生協連が発表した学生生活実態調査の結果は衝撃でした。
電子書籍も含め一日の読書時間が「ゼロ」という学生が五割を超えていたのです。今年公表された数字でも、48%。状況は変わっていません。
フランス流が最良だとは言いませんが、書店がどんどん消えていく、若い世代から読書の習慣が失われつつある、という事態はやはり「国難」ととらえるべきでしょう。しかし、わが国政府に危機感は感じない。というより、それをよしとしている節さえあります。

◆「文学なき国語教育」
文科省が打ち出した国語教育改革。二〇二二年度に変わる高校の学習指導要領や二一年からの大学入学共通テストの「国語」で、実用が重視され、文学が激減すると懸念が強まっています。
教科書で読んだ作品から、ある作家への興味が広がった、といった経験をお持ちの方も少なくないはずですが、本紙で日大文理学部長の紅野謙介氏が解説しているところによれば、必修の「現代の国語」には、小説などのフィクションや詩歌は入らない。法律や契約をめぐる実用的な文章を中心とした教材になりそうだといいます。
もう一つの必修「言語文化」も七割が古典で、近代の評論、小説を読む機会は圧倒的に減るらしいのです。
なぜ実用に傾いたのか。紅野さんはこう言っています。「政財界の要望でしょう」
実用性の高い論理的読解力を重視するという発想のようですが、『文学界』九月号の特集「『文学なき国語教育』が危うい!」では、現役高校教師たちが「文学で論理は十分学べる」と訴え、地球物理学者が理系的な問題発想や思考には文学や芸術の「感性や美意識」こそが必要だと語っています。
さらに、一五年に国立大学に対して出された文科相通知の一件へと想は連なります。人文系学部の廃止や社会的要請の強い分野への転換を求めたのです。「社会的要請」とは、つまり「政財界の要望」? 国立大の人文系学部長らの会議が抗議の声明を出すなど「文系軽視」への批判が起こりましたが、既に文学部廃止などの変化が起きているようです。
活字文化の一端を担い、本同様、「離れ」に苦しむ新聞も含めるならば、もっと端的なメッセージがあったことにも思い当たります。「新聞を読まない人は自民党支持者」。麻生副総理のご託宣です。
確かに、日本語でも英語でも、「読む(read)」には「見抜く」の意味があります。そう考えてくると、政権の側にあるのは、ただ経済への貢献重視という発想ではない気がしてきます。「本や新聞を熱心に読む国民はやっかいだ」という底意を読み取るのは穿(うが)ち過ぎというものでしょうか。

◆書店主フィクリー
でもまあ、そうであってもなくても、私たちが本を「読む」べきなのは間違いないでしょう(できれば、新聞も!)。難しい話は別にしても、泣かせ、笑わせ、考えさせてくれて、知らない世界へと目を見開かせてくれる。そんな経験をしない方がいい、という理由は見当たりません。
最後に、本と書店にまつわる、お薦めの一冊。『書店主フィクリーのものがたり』(ガブリエル・ゼヴィン著、早川書房)です。一六年の本屋大賞・翻訳小説部門一位の作品ですが、作中にこんな言葉が。「本屋のない町なんて、ほんとうの町じゃない」。さあ、地元の書店へ行きましょう。