あすへのとびら 日韓と強制動員 果たすべき責任はなお - 信濃毎日新聞(2019年9月1日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190901/KT190831ETI090004000.php
http://archive.today/2019.09.02-040929/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190901/KT190831ETI090004000.php

韓国との溝が戦後最悪と言われるまでに深まっている。
発端となった元徴用工訴訟を巡り、安倍晋三政権は「日韓請求権協定で問題は解決済みだ」と主張する。事態収拾の責任は韓国にあるとして譲らない。
呼応するように、いままた「強制連行はなかった」との言説がまことしやかに飛び交う。
日韓のどちらかが譲歩して今回の対立が収まるとしても、このままでは、解決をみない確執としてこの問題は両国の間に横たわり続けてしまうだろう。
日本の炭鉱や土木現場、工場などに動員された朝鮮人の正確な人数は分かっていない。過去に大蔵省が72万人余、厚生省が66万人余との調査結果を示している。韓国側は78万人以上とする。これとは別に、軍人軍属に20万〜30万人超が動員されたとの統計が残る。
1910年の韓国併合後、職を求める朝鮮の人々の渡日が相次いだ。「自主的移住」には、帝国政府が土地を接収し、本土に米を送るための農地改良費の負担を押し付け、半島の農民を追い詰めたことも大きく影響した。

<形態の問題でなく>

日中戦争開始から2年後の39年、政府は労働力不足を補うため「労務動員計画」を策定する。
朝鮮半島では、日本企業の募集員が、朝鮮総督府に割り当てられた集落で労働者を集める「募集」として動員が始まった。42年には「官斡旋(あっせん)」に改まる。文字通り行政の関与を強め、企業の手続きを簡略化した。労働者を確保する地域は半島北方に広がった。
募集と官斡旋には日本の警官が随行した。断ると脅迫を受けた、無理に連行された、と証言録にある。いずれも強制力を伴ったことに変わりはない。
募集当初は、就労のため自ら応じる人も少なくなかった。が、過酷な労働環境に置かれ、契約期間の延長も強いられる実情が間もなく知れわたる。
半島の帝国事業でも動員は行われており、農業生産が危ぶまれるほど朝鮮自体の人手が不足していく。逃亡する人たちもいて、44年9月に国民徴用令が適用されるころには、動員計画の維持が困難な状況に陥っていた。
朝鮮人の動員先は、北は樺太(サハリン)、南は南洋諸島にまで及び、その大半が10代、20代だったという。
日本政府は戦後、半島での徴用令適用期間が短かったことを理由に、「徴用労務者の数はごく少部分」で、ほかの数十万に上る朝鮮人は「自から内地に職を求めてきた」「募集に応じて自由契約にもとづき内地に渡来した」との見解を示している。制度のうわべに依拠した詭弁(きべん)にすぎない。
安倍政権が盾に取る1965年の請求権協定には、強制動員された人々を含め「請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」と記されている。韓国政府も日本が供与した5億ドルに個人補償が含まれ、請求権は消滅したとの立場を取ってきた。
だから昨年秋、韓国の最高裁が元徴用工の個人請求権を認め、日本の企業に慰謝料の支払いを命じたことは「戦後の国際秩序への重大な挑戦」と反発する。個人の請求権の有無については、いまなお議論がある。
国内では「韓国とは論理的な話し合いができない」と非難する向きが強い。相手国の国民性をあげつらうほどの不毛はない。あくまで両国の歴史の上に具体的なあつれきの原因を見いだすことが、外交の基本のはずだ。

<加害国から提起を>

帝国は、植民地支配からの解放を求める朝鮮人をねじ伏せ、民族教育や氏名を奪った。日本人と平等とする「内鮮一体」をうたいながら、関東大震災では朝鮮の人々が虐殺された。その後も監視・警戒を解くことはなかった。
戦後も、さまざまな事情から日本に残った在日朝鮮・韓国人を外国人としてひとくくりにし、差別を続けてきた。
いま韓国で反日デモ日本製品不買運動が起きている。国家主義の高揚に、安倍政権が「法的道理」を振りかざして応じたところで、民族の尊厳回復を訴える人々には通じないだろう。
占領した国々に対し主に経済協力で戦後処理に臨み、個々人の痛みに目を配らなかった補償のあり方が問い返されている。
日本政府は、強制動員に関する資料を全て開示すべきだ。早くから地域の動員調査に取り組んできた各地の市民団体、研究者らの力も借り、実態の解明に努めなくてはならない。
その上で、積み残された問題群について、いまからでも果たし得る責任を加害国の側から提起したい。過去の問題で解決済みだ―との声は、被害を受けた国から聞こえて初めて確かなものになる。