憲法裁判の記録廃棄 後世の検証絶やす愚行だ - 琉球新報(2019年8月7日)

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人権を軽々に扱っていると思われても仕方がない。
合憲違憲が争われた戦後の重要な民事裁判の記録多数を全国の裁判所が既に廃棄処分にしていることが判明した。
代表的な憲法判例集に掲載された137件のうち廃棄されたのは118件(86%)に上る。保存は18件(13%)、不明1件という。
驚くのは長沼ナイキ訴訟や麹町中学校内申書訴訟など著名な重要裁判も含まれていることだ。
長沼ナイキ訴訟はミサイル基地建設を巡り、自衛隊の合憲性が争われ、一審の札幌地裁が違憲判断を示した。麹町中内申書訴訟は生徒の思想信条の自由が論じられた。
裁判所の規定では通常の民事裁判の場合、判決の確定や和解後に一審の裁判所が5年間保存し廃棄する。一方で特別保存の仕組みもあり、史料または参考資料となるべき裁判記録を事実上永久保存とするよう義務付けている。
しかし特別保存は今回の調査では6件だけという。政教分離が争われた津地鎮祭訴訟、空港周辺住民が夜間の飛行差し止めを求めた大阪空港訴訟などだ。
重要裁判にまで裁判所規定などを漫然と適用していたのか、不都合な記録と恣(し)意(い)的に捨てたのか、廃棄処分に至った原因は判然としないが、不適切極まりない。専門家からも規定などに違反する疑いが指摘されている。
とりわけ県民にとって重大な問題は代理署名訴訟の記録が廃棄されたことである。
米軍用地への土地提供を拒む地主の代理で署名を求められた知事が拒否したため、国が提訴した。1995年12月、当時の大田昌秀知事が代理署名を拒否した背景には同年9月に起きた米兵による少女乱暴事件があった。
地主の思想・良心の自由、財産権、地方自治などを争点にする一方で、守れなかった個人の尊厳を背景に憲法の在り方を鋭く問いただした訴訟である。訴訟に込められた意義からも、一連の裁判記録は県民のみならず、国民の財産となるべき資料だ。廃棄処分は歴史を検証する上で大きな損失である。
代理署名訴訟を含め判決などの文書はおおむね残されているが、訴状をはじめ弁論の書面や答弁書、法廷でのやり
とりの記録などは廃棄された。
国家など強大な権力を法で拘束するのが憲法である。市民が政府や、時にはそれに匹敵する企業などを相手に憲法の直接、間接の適用を求め基本的権利を決めていくのが憲法裁判だ。
裁判記録には、勇気を奮い起こして強大な権力に立ち向かい、人間らしい労働条件や平和、表現の自由などを求めた市民の人権獲得の歴史も記されている。
判決に至る審理過程を振り返ることは重要だ。歴史的な公文書を廃棄処分にすることは後世の検証を絶やす愚行と言わざるを得ない。