木村草太の憲法の新手(91)裁判官分限法で判事処分 適正手続きに大きな問題 弁明・防御の機会奪われる - 沖縄タイムス(2018年11月4日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/340592
http://web.archive.org/web/20181106005634/https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/340592

9月16日掲載の本コラムで触れた、東京高等裁判所岡口基一判事に対する分限裁判の判断が、10月17日に示された。
まず、事案を振り返ろう。今年5月、岡口判事はツイッターに、「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3か月くらい経(た)って、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返して下さい』。え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しておきながら…、裁判の結果は…」との文章と共に、犬の所有権を巡る訴訟を報じたニュースへのリンクを投稿した。
東京高裁は、林道晴長官名義で、岡口判事のこのツイートは原告(犬の元の所有者)の「感情を傷つけ」るものであり、「品位を辱める行状」(裁判所法49条)に該当するとして、最高裁に懲戒を申し立てた。最高裁は、次のような理由で、岡口判事を戒告処分とする決定をした。
まず、「品位を辱める行状」とは、「裁判官に対する国民の信頼を損ね、または裁判の公正を疑わせるような言動」を意味する。
「本件ツイートは」「訴訟を上記飼い主が提起すること自体が不当であると被申立人〔著者注:岡口判事〕が考えていることを示すもの」である。この行為は、「裁判を受ける権利を保障された私人である上記原告の訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すことで」、「裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせ」た。したがって、岡口判事を戒告処分に処すべきである。
この最高裁判所の決定には、さまざまな問題があるが、今回は、手続保障の観点に絞って検討しよう。
公務員の懲戒処分は、国家が処分対象者に重大な不利益を与えるものだ。したがって、刑事手続きの適正を要求する憲法31条が類推適用される。憲法が求める「適正な手続き」と言えるためには、(1)あらかじめ処分理由が告知され、(2)十分な弁明と防御の機会が与えられねばならない。

まず、(1)について。

そもそも東京高裁の申立書は、岡口判事のツイートが「原告の感情を傷つけた」とするのみで、「国民の信頼を損ねた」とか「裁判の公正を疑わせた」といった事実は主張していない。つまり、最高裁決定は、申立書にない理由に基づいて、岡口判事を処分している。

続いて(2)について。

当然のことながら、岡口判事側は、申立書に記載されていない事情について、弁明も防御もしようがなかった。
さらにひどいことに、手続きはこの最高裁決定で終結してしまう。通常の刑事裁判では、一審が不当な判断を示したと考えられる場合には、控訴審に判断の見直しを求められる。ところが、最高裁による裁判官の懲戒処分には、法律上、異議申し立てをする手続きが定められていない。岡口裁判官は、完全に弁明・防御の機会を奪われたまま、懲戒処分を甘受せねばならない。この責任の一端は、裁判官分限法を制定した国会にもある。
このように、今回の決定と、その根拠となった裁判官分限法には、適正手続きに大きな問題がある。それだけでなく、この決定は、一般市民にも大きな悪影響がある。次回はその点を扱いたい。(首都大学東京教授、憲法学者