戦時の性暴力 撲滅訴え 2人にノーベル平和賞 - 東京新聞(2018年10月6日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201810/CK2018100602000147.html
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【ロンドン=沢田千秋】ノルウェーノーベル賞委員会は五日、二〇一八年のノーベル平和賞を、紛争地域での性暴力撲滅に取り組むコンゴ(旧ザイール)のデニ・ムクウェゲ医師(63)と、過激派組織「イスラム国」(IS)に性奴隷として拘束され生還したイラク出身の活動家ナディア・ムラドさん(25)に授与すると発表した。女性の性被害を訴える「#MeToo」(「私も」の意)運動の世界的高まりを受け、委員会は問題を直視する重要性を国際社会に投げかけた。
委員会のレイスアンデルセン委員長は授賞理由に「戦争の武器としての性暴力終結に向けた努力」を挙げ、「自身を危険にさらしながらも、紛争下の性被害を明るみに出し、加害者の責任を厳しく追及してきた」と説明した。
ムクウェゲさんは一九九九年、コンゴ東部の紛争地域に婦人科医院を設立。性被害に遭った女性ら五万人以上を時に無償で診療した。「正義は全ての人の責任」を信条に、国際社会すべてが戦争犯罪に立ち向かう責任があると説いた。対策が不十分としてコンゴ政府や他国も繰り返し非難。武装勢力の襲撃を受けたこともあった。
ムラドさんはイラク北部出身のクルド民族少数派ヤジド教徒。二〇一四年、ISの襲撃に遭い、家族を虐殺された。自身は性奴隷として拉致され、繰り返しレイプや拷問を受けた。脱出後、国連安全保障理事会など公の場で、紛争で犠牲になる女性の現状を訴えている。
授賞式は十二月十日、オスロで開催。賞金九百万スウェーデンクローナ(約一億一千三百万円)が贈られる。

◆「周囲の喜びに感動」「苦しむ女性に正義」2人がコメント
【ロンドン=沢田千秋】デニ・ムクウェゲさんは授賞後、ノーベル財団の電話に応じ、コンゴの自身の病院で授賞を知ったと話し「二回目の手術の終わりに突然皆が泣いて騒ぎ始めた。多くの女性が喜んでいるのを見て、感動している」と述べた。また、自身の財団を通じて「この賞を、日々、紛争で苦しみ暴力に直面する全ての女性にささげる。世界中の被害者に、世界はあなたたちの声に耳を傾け、無関心ではなくなると呼び掛けたい」とのコメントを出した。
ナディア・ムラドさんもノーベル財団の電話インタビューに「この賞が、性暴力に苦しむ女性に正義をもたらしてくれるよう望む」と答えた。

<デニ・ムクウェゲ> 1955年3月1日、コンゴ(旧ザイール)東部南キブ州ブカブ生まれ。父はキリスト教の牧師。隣国ブルンジで医学を学んだ後、南キブ州の農村部の病院で勤務。その後フランスに留学し、99年にブカブでパンジ病院を設立。性暴力被害者の生活支援や女性の権利向上に取り組むパンジ財団も立ち上げた。国連人権賞(2008年)や優れた人権活動をたたえる欧州連合(EU)欧州議会のサハロフ賞(14年)も受賞した。 (オスロ・共同)

<ナディア・ムラド> 1993年3月10日、イラク北部シンジャール近郊コチョ生まれ。クルド民族少数派ヤジド教徒の家庭で育った。2014年8月、過激派組織ISに拉致された。北部モスルに連行されて「奴隷」の扱いを受け、レイプや拷問を受けたが、約3カ月後に脱出。その後はドイツを拠点にヤジド教徒救済などの活動を展開。16年9月に人身売買の被害者の尊厳を訴える国連親善大使に就任。EU欧州議会は12月、サハロフ賞を授与した。  (共同)

◆声上げる大切さ重視
<解説> 戦場での組織的な性暴力を「戦争犯罪」と明確に認めた国連安全保障理事会決議の採択から十年。ノーベル賞委員会は、戦争や紛争下で弱い立場にある女性たちが人権を踏みにじられる現実を「最も大きな声で伝えてきた」として、ムクウェゲさんとムラドさんへの授与を決めた。
委員会が重視したのは、二人が自らの危険を顧みず「声を上げた」ことだ。ムクウェゲさんがコンゴ内戦で性暴力を罰しない政府を批判し、ムラドさんが過激派組織ISから受けた自らの被害を公にすることで、「戦争犯罪と闘い正義を追求してきた」と称賛した。
その上で「各国と国際社会は言葉だけでなく、犯罪者を訴追し責任を取らせるよう実行を」と求めた。昨年、国際非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)への授賞で、各国政府に核削減への行動を求めたのと同様、国際社会に具体策を迫る決定といえる。「戦時下で女性の基本的な権利や安全が認識され、守られなければ、より平和な世界は達成できない」とも強調した。
女性の権利保護という観点では昨年来、セクハラ被害に声を上げる運動「#MeToo」が国境を超えて広がっている。委員会は「戦場の性暴力と同一ではない」と断りながら「被害女性が、恥ずかしがらず声を上げるようになった重要性では共通している」と指摘。今回の授賞が、一般社会での女性の権利保護や向上につながる期待感も示した。(ロンドン・阿部伸哉)