「辺野古の海は、新法がなければ基地にはできない」木村草太教授インタビュー - ニューズウィーク日本版(2018年9月18日)

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/post-10964.php

辺野古の海の埋め立てに法的根拠はあるのか――木村草太教授(憲法学)に聞く>

沖縄のアメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設をめぐり、沖縄県は8月31日、埋め立て承認を撤回した。撤回により埋め立て工事はいったん停止されたが、政府は法的な対抗措置を取る方針だ。

9月30日投開票の沖縄県知事選でも辺野古への基地移設が争点となり、埋め立てをめぐって沖縄県と国が対立を続けるなか、1つの疑問が浮かんでくる。辺野古の海は、そもそも誰のものなのか。沖縄県名護市辺野古の海について、沖縄県の権利は及ばないのか。辺野古埋め立ての法的根拠について、首都大学東京の木村草太教授(憲法学)に本誌・小暮聡子が聞いた。

◇ ◇ ◇

――そもそも、辺野古の海は誰の所有、あるいは管轄なのか。埋め立てたらその土地の所有者は誰になるのか。基本的なところから教えてほしい。

法律家として基本的なことを答えるのであれば、日本法においては、海や海底というのは個人の所有権の対象にはならない。

――では、誰が埋め立ててもいいということか。

それは違う。埋め立てという行為は法的にみると、海を埋め立てて新しい土地を作って、その土地の所有権を取得してそこで事業を行うということだ。埋め立てたい場合には、埋め立てを考えている事業者が都道府県知事に対して、公有水面埋立法という法律に基づいて申請をする。公有水面埋立法に基づいて許可を得た人が埋め立て事業を行って、埋め立てによって生じた土地の所有権を取得するというのが日本法のスキームだ。

――公有水面埋立法の第一条には、「本法において公有水面と称するは河、海、湖、沼その他の公共の用に供する水流又は水面にして国の所有に属するものをいい、埋立と称するは公有水面の埋立をいう。」とある。

埋立前の海や川というのは公有地であって、個人的な所有権の対象にはならない。しいて言えば、国が所有していることになる。

――埋立後には、誰かの所有になるのか。

埋め立てて生じた土地は、所有権の対象になる。埋め立てていいかという許可を都道府県知事に対して申請して、その許可を得て埋め立てて、土地が生じることになる。

――埋め立てていいかという許可は、国に対してではなく、都道府県知事に申請すると。

公有水面埋立法では、そうすることになっている。

――辺野古沖縄県名護市なので、辺野古を埋め立てたい場合は、沖縄県知事に申請をする。

そうだ。今回の場合は国が事業者なので、国が申請をした。

――それを、13年12月27日に仲井真弘多・前沖縄県知事が承認した。

承認した。

――埋め立てた後、その埋め立て地は誰の所有になるのか。

事業者が国なので、国の所有になる。

――国の所有になった後には、沖縄県はその土地に手を出せなくなるのか。

国が所有する土地について、国の所有権を尊重しなければならないのは当然だ。ただし、都市計画や環境規制など、沖縄県・名護市の行政権が及ぶ。

――国が埋め立てた場合も、沖縄県や名護市の行政権の対象になるのか。

沖縄県内、名護市内の土地なので、本来は、行政権の対象になる。

――埋め立てた土地を米軍に貸した後も、県や市の行政権が及ぶのか。

米軍基地には日米地位協定が適用されるので、県や市の行政権は大幅に制限される。

――木村教授は、基地問題に関しては沖縄県住民投票を行わなければならないと主張している。

米軍基地にすると日米地位協定が適用されるので、その結果、その土地について沖縄県や名護市の自治権が排除されることになる。しかし憲法92条は、地方公共団体の組織・運営に関する事項を定めるのは「法律」だとしている。自治権をどのように制限するかも、地方公共団体の組織・運営に関する事項なので、自治権制限には法律の根拠が必要だろう。では、法律を決めるのは誰なのか。

――国会だ。

そうだ。憲法41条にあるとおり、法律を定めるのは国会だ。<第41条 国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。>埋め立て地に名護市の権限が及ぶかどうかは第92条に「法律で定める」とあるので、例えば、それを内閣が政令で決めたら憲法92条違反だろう。

したがって、名護市の自治権が及ぶかどうかは、法律という形で決めなくてはならない。次に、「沖縄県および名護市は辺野古自治権を行使してはならない」という法規範を定めるなら、それは沖縄県と名護市にしか適用されない。

憲法95条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律を制定するためには、住民投票が必要だと定めている。<第95条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。> 

――住民投票をしないで埋立を進めるのは憲法違反だ、と言えるか。

今述べたように、ある土地を米軍基地として、日米地位協定を適用するには、自治権制限の根拠となる法律が必要になる。辺野古の埋め立て地は、そのような根拠法が存在していない。そうすると、法律上は、埋め立てをしても、米軍基地として運用できないことになる。今回の埋め立ては、基地建設が目的なのだから、そのような埋め立ては合理的ではないだろう。

そうなると、公有水面埋立法の「埋め立ての合理性」の要件を満たさないので、埋め立て承認処分は公有水面埋立法に違反している、というのが私の主張だ。埋め立てても使えないのであれば、埋め立てることに合理性がない。<「公有水面埋立法 4条 1項 1号『国土利用上適正且合理的ナルコト』>

公有水面埋立法上の合理性の要件を満たすには、埋め立てた後に基地として使えないといけない。基地として使うためには、沖縄県と名護市の自治権を排除する法的根拠が必要だ。その法的根拠を整えるには、法律を作らなければならない。その法律を作った場合は特定の自治体に適用されるので、住民投票が必要だ。

――住民投票が必要だったとして、では住民投票をするためにはどうすればいいのか。

埋め立て承認の取り消し訴訟の際、今話したことを沖縄県側も主張した。これに対して16年9月16日、福岡高裁那覇支部は、基地使用に伴う自治権の制約は、日米安保条約日米地位協定という条約に基づくものだから、法律の根拠がなくても憲法上の問題はないとした。また、この判断を、最高裁も支持した。

しかし、自治権の制限には何が必要なのか。法律だ。それなのに、条約があれば足りるとする判決を高裁と最高裁が書いていて、私はそもそもその判決が不当であるという立場だ。

最高裁は真面目にこの争点を判断していないので、新しい県知事なり名護市長がこの理屈でもう一度提訴してみる価値はあるのではないかと思っている。この点を争点にして、そもそも自治権制限の根拠がない状態では米軍基地として運用できないはずであるから、(埋め立て承認を)撤回するという主張をしてみてもいいと思う。