新宿区による高齢者情報の警察への提供を直ちに中止することを求める会長声明 - 第二東京弁護士会ひまわり(2018年8月22日)

http://niben.jp/news/opinion/2018/180822164722.html

2018年(平成30年)8月22日
第二東京弁護士会会長 笠井 直人
18(声)第11号

1. 新聞報道によれば、新宿区(以下「区」という)は、特殊詐欺被害根絶対策の実施のためとして、65歳以上の区民約6万7000人の氏名、フリガナ、住所及び生年(以下「本件個人情報」という。)を記載した名簿を作成し、その名簿を、区内4警察署(新宿署、四谷署、牛込署、戸塚署)に対し提供する方針を決め(以下「本件提供」という。)、新宿区情報公開・個人情報保護審議会に諮問し、本年6月28日にその承認を得たとのことである。
 区は、本年8月23日に、本件提供に関する警察との調印及びプレスリリースを行い、本年10月1日から本件提供を開始するとしている。そして、警察官が、65歳以上の区民宅の戸別訪問を行い、特殊詐欺被害を防止するための留守番電話機能活用の注意喚起や、自動通話録音機800台の貸出事業を行うとしている。

2. 本件個人情報は、その性質上、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えるのは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきであるから、プライバシーに関する情報として法的保護の対象になる(最高裁判所第二小法廷平成15年9月12日判決も同旨)。本件個人情報を本人の同意無くみだりに他者に開示することは許されず、これに反するときは、プライバシーを侵害するものであり、原則として違法となる。

3. 新宿区個人情報保護条例(以下「条例」という。)第12条第2項は、区長など実施機関は、審議会の意見を聴いて、実施機関が特に必要があると認めたときは、(1)本人の同意があるとき、又は本人に提供するとき、(2)法令等に定めがあるとき、(3)人の生命、身体又は財産の保護のために緊急に必要があるとき、(4)前3号に掲げるもののほか、審議会の意見を聴いて、実施機関が特に必要があると認めたときは、保有個人情報を区の機関以外のものに提供することができる、としている。区は、同項(4)に基づき、本人の同意無く個人情報を提供しようとするものである。
 しかし、本件個人情報の提供については、まず同項(1)の本人の同意を得る方法によるべきであり、これが困難であるといった特別の事情は伺われない。
 この点に関し、区は、特殊詐欺被害を防止するために警察官が戸別訪問を行なうこと及び警察への個人情報提供を希望しない方は、9月30日までに連絡するように案内する印刷物を投函し、個人情報の提供・利用の停止を求める申し出があった場合は、当該高齢者に係る個人情報を名簿から削除するとしている。これは、いわゆるオプトアウト類似の方式をとろうとするものであるが、行政機関個人情報保護法にはオプトアウトの規定はなく、条例にも根拠となる規定はないから、対象区民から連絡がなかったとしても、本件個人情報の提供に関する同意があったことにはならない。

4. 仮に本人の同意を得ることが困難であるなどの事情により、条例第12条第2項(4)に基づいて、本件個人情報の提供が許される場合がありうるとしても、同号の「特に必要がある」との要件の適用については、実施機関の恣意的な判断によることは許されず、提供の目的が正当であること、当該目的に照らして、同意無き個人情報の提供を正当化しうるほどの必要性が、客観的かつ合理的に認められなければならないというべきである。
 本件提供の目的は、特殊詐欺被害を防止するためとのことであり、それ自体は正当性があるものとして首肯できる。しかし、特殊詐欺被害防止のために留守番電話機能の活用を周知することや、自動通話録音機800台の貸出しを行なうといった事業は、区報やチラシのポスティング等の広報その他の代替手段により実施しうるものであり、高齢の区民約6万7000人分もの個人情報を、一括して警察に提供することの必要性が、客観的かつ合理的に認められるといった事情はうかがわれない。

5. 以上のとおり、本件個人情報に関する本件提供を、本人の同意無く実施することの必要性はなく、これを正当化する根拠は認められない。本件提供は、プライバシーを侵害するものとして違法であるといわざるを得ないものであるから、直ちに中止すべきである。