http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20180503/KT180502ETI090005000.php
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9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を憲法に明記する―。
安倍晋三首相が改憲について踏み込んだ発言をしたのは昨年の憲法記念日だ。きょうでちょうど1年になる。
党総裁である首相の意向に従い自民党は慌ただしく議論を進めてきた。自衛隊を書き込むことで9条が空文化しないか。自民案は当初からの疑問を膨らませる。
一方で海外派遣部隊の日報問題が自衛隊を巡る危うい現状を浮かび上がらせている。改憲論議を急ぐよりも、9条の下での自衛隊の在り方を問い直す必要がある。<生煮えの党内論議>
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」。9条2項はそう定める。自民案は、ここに「9条の2」を追加する。
「前条の規定は…必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として…自衛隊を保持する」というものだ。
政府は、自衛のための「必要最小限度の実力組織」である自衛隊は9条の「戦力」に当たらないとしてきた。自民も当初、この解釈に沿った案を検討したものの、異論を受け、必要最小限度の文言を削除している。
「必要な自衛の措置」という曖昧な書き方では、歯止めにならない。解釈の仕方によっては集団的自衛権の全面行使につながる可能性もある。
党内には2項の削除を主張する声も根強い。党憲法改正推進本部は本部長に対応を一任する形で押し切った。
首相は1日の記者会見で「1年前とは大きく変化している」と述べたものの、議論は生煮えだ。他党と調整する状況にはない。<文民統制に疑問符>
「自衛隊は違憲かもしれないけれど、命を張って守ってくれというのは無責任だ。違憲論争に終止符を打とう」と首相は言う。憲法に明記しても任務や権限は変わらないとも説明している。
何も変わらないなら憲法を改める必要性、緊急性は乏しい。政府は自衛隊を合憲とし、多くの国民もその見解を受け入れている。曖昧な条文の追加はかえって論争を引き起こす。
そもそも今、9条改憲を論じられる状況なのか。南スーダン国連平和維持活動(PKO)とイラク派遣での日報問題を見ると、うなずくことはできない。
「存在しない」とされた日報が残っていた。文民統制(シビリアンコントロール)に対する疑念を生じさせている。
イラクの日報は昨年2月に野党議員が資料要求していた。防衛省は「不存在」とし、当時の稲田朋美防衛相は「確認したが、見つけることはできなかった」と答弁した。小野寺五典防衛相が存在を公表したのは先月初めだ。
実際は昨年3月に見つかっていた。防衛相への報告までに1年以上かかっている。組織を掌握できているのか、トップの統率力が問われる。
国会に対して事実と異なる説明をし、誤りが判明した後も伏せてきたことになる。
実力組織を政治が指揮、統括するのは民主主義の基本原則だ。文民統制が十分に機能していないとすれば、改憲を議論する土台が崩れている。
日報に記されていた内容も重大だ。イラク、南スーダンとも「戦闘」との記述があった。
自衛隊の海外派遣には9条の制約がある。イラクでの活動は「非戦闘地域」に限定されていた。PKO参加には紛争当事者間の停戦合意などの5原則がある。
憲法上、許される派遣だったのか。安倍政権は南スーダンで大規模な戦闘が起きた後も派遣を続けた。当時の現地の状況、政府の判断について検証や説明を避けるのでは9条を論じる資格はない。<確かな歯止めこそ>
安全保障関連法をはじめ、首相が進めてきた防衛政策の転換にも改めて目を向けたい。
憲法解釈を変更し、歴代政権が認められないとしてきた集団的自衛権の行使に道を開いた。
海外派遣では「非戦闘地域」の考え方をなくしている。戦闘の可能性があっても、現に起きていなければ活動できる。
戦後、基本方針としてきた「専守防衛」が変質している。違憲論争に終止符を打つどころか、むしろ安倍政権によって世論が分断され、対立が深まっている。
防衛費の増加も続いている。政府は、敵基地攻撃能力につながる長距離巡航ミサイルの導入に向けた経費を予算に盛った。戦闘機の発着が可能な空母の保有も検討している。なし崩しに装備増強が進んでいけば、専守防衛からますます懸け離れる。
このまま自衛隊を書き加えればさらに根深い矛盾を抱え込むことになる。現状の問題点を洗い出し歯止めを確かなものにすることが憲法論議の前提である。