検証飯塚事件・2.6高裁決定を前に(下)死刑後の再審高い壁 前例なし刑事司法根幹に影響 可否判断「裁判官に重圧」 - 西日本新聞(2018年2月4日)

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/391342/
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飯塚事件」で、久間三千年(みちとし)元死刑囚=執行時(70)=の刑が執行されて今年で10年。再審請求から8年余り。不審車両の目撃証言、DNA型鑑定を中心に、有罪認定を支えた状況証拠の信用性を突き崩すべく独自の鑑定や検証を重ねてきた弁護団は「確定判決の証拠構造は崩壊した」と確信を深める。だが死刑執行後に再審の扉が開いた例は過去にない。裁判官経験者は「それこそが弁護側にとって一番のハードルになる」と指摘する。
2008年10月28日。弁護団の徳田靖之弁護士に久間元死刑囚の執行を知らせたのは、報道機関からの電話だった。その1カ月ほど前、岩田務弁護士と共に赴いた福岡拘置所での面会が、言葉を交わした最後の機会になった。
当時、再審請求中の死刑囚の執行は回避されるのが常だった。最後の面会で、久間元死刑囚は冤罪(えんざい)を扱う雑誌の情報を基に作ったリストを示しながら「私より前に確定した死刑囚がこれだけいます。(再審請求を)急がなくて大丈夫ですよ」と話したという。「もっと早く請求していれば…」。徳田氏は、悔悟と自責の念を抱き続けている。
一貫して犯行を否認してきた元死刑囚。しかも死刑確定からわずか2年での執行に、関係者は一様に首をかしげる。「あれには驚いた。順番からしてなぜあんなに早かったのか」。元死刑囚の上告を棄却した当時の最高裁裁判長、滝井繁男氏(故人)は14年の本紙取材にそう答えている。法務省によると、08〜17年の死刑執行は確定から平均5年2カ月。なぜ久間元死刑囚の執行は早かったのか。
当時、法相として死刑執行命令書に押印した森英介氏は、取材に「在任中のことは何もお話しできない」と語るだけだ。

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久間元死刑囚の妻は執行から1年後の09年10月に再審請求した。1995年の一審初公判から11年に及んだ裁判の間、公判や面会に何度も足を運んだ。「命だけは奪わないでほしかった。無実を訴え続けた夫の無念を晴らしたい。名誉を回復したい」と妻は願う。
再審請求を退けた14年の福岡地裁決定は、DNA型鑑定を事実上、証拠から排除した上で「他の状況証拠で高度に立証されている」とした。当時、その判断を評価していた元東京高裁判事の門野博氏は、高裁での審理を踏まえ「確定判決の裁判官の心証を決定付けたとみられるDNAの証明力が完全に失われていることを直視すべきだ。その上で多くの問題が判明した目撃証言など他の証拠を見ると、もはや再審開始が相当。公開の法廷で有罪無罪を決するべきだ」と指摘する。
しかし、既に死刑が執行された飯塚事件で再審開始が決まれば、死刑制度の根幹を揺さぶることになる。元判事で明治大教授の瀬木比呂志氏は、日本の裁判官は原発や基地など国家の「統治と支配」の根幹に触れる事件では及び腰になる−というのが持論。「死刑執行済みの飯塚事件は、まさに刑事司法の根幹に関わる事件。再審の可否を判断する裁判官には、相当の重圧がかかる」と語った。

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■確定後わずか2年で執行 平岡元法相「私なら止めた」

法務省に情報公開請求して開示された久間三千年元死刑囚の執行関係文書の大半は黒塗りだった。確定からわずか2年での執行の理由、経緯はうかがい知れない。取材に応じた法相経験者も「具体的に執行順がどう決まるのかは知らない」と口をそろえた。
法務省によると、1月30日現在の確定死刑囚は124人。執行は再審請求中などを除いて確定順が原則とされるが、昨年は17年ぶりに再審請求中の死刑囚が執行されている。
在任中に3人の死刑執行命令を出した小川敏夫氏は「法相の役割は(事務方から)上申のあった対象者に執行命令を出すかどうか。上申までに対象者がどう選ばれるかは知らない」と説明。久間元死刑囚については「法務官僚が主導したのではないか」と推測し、「(上申までに)恣意(しい)的な要素が入れば、なかなかチェックできない」と語った。
在任中の執行がなかった平岡秀夫氏も「早く執行する正当な理由を考えつかない」と強調。「『足利の話』が事務方から説明されたら私ならストップをかけたと思う。ただ何か思惑があるのなら、法相に説明はなかっただろう」と述べた。
「足利の話」とは、足利事件で疑義が生じていたDNA型鑑定の「再鑑定」が実施される見通しが2008年10月に報道されたことを指す。同じ警察庁科学警察研究所が同手法で鑑定した飯塚事件の久間元死刑囚の執行がこの報道の十数日後だったことが、検察庁法務省の連携ミスなど、早すぎる執行への疑念を深める理由になっている。 (飯塚事件検証取材班)


本紙の情報公開請求に対し、法務省が開示した久間元死刑囚の死刑執行に関する資料。大部分が黒塗りだった。

=2018/02/04付 西日本新聞朝刊=