(余録)東日本大震災では各地の図書館で蔵書が流された… - 毎日新聞(2017年10月30日)

https://mainichi.jp/articles/20171030/ddm/001/070/106000c
http://archive.is/2017.10.30-004256/https://mainichi.jp/articles/20171030/ddm/001/070/106000c

東日本大震災では各地の図書館で蔵書が流された。車に本を積んで被災地を回り、貸し出すボランティアの活動が喜ばれた。図書館再建のために多額の寄付も集まった。本のありがたさが分かる出来事だった。
被災者によく読まれた本の中にビクトール・フランクルの「夜と霧」がある。著者はナチス・ドイツ強制収容所から奇跡的に生還したユダヤ精神科医だ。戦後まもなく出版された。人は極限状態にあっても一筋の光を見いだし、希望をつなぐ。震災を経験した読者は、その姿に心打たれたのではないか。
本をめぐり、図書館と出版業界の関係は近年、微妙だ。文芸春秋の社長は先日、図書館の文庫本の貸し出しをやめてほしいと訴えた。収益を支える文庫本の貸し出しが増えると、売り上げが落ちる可能性があるからだ。
図書館側は、住民の要望を考えれば簡単には応じられないだろう。共存するには互いが議論を深めるほかない。本を読んでもらいたい気持ちは同じなのだから。
売れ筋とは別に多くの本が誰からも借りられず、図書館の書庫にひっそりと眠っている。そんな本を手に取ってもらおうと知恵を絞る図書館もある。特別のコーナーを設けて「最初の読者になってみませんか」とアピールするのだ。目に触れれば借りる人もいる。
本との出会いは時に心を癒やし、揺さぶり、人生を左右する。古代エジプトの都市にも図書館があった。入り口には「魂の診療所」という意味の言葉が記されていたという。読書の秋が深まる。

夜と霧 新版

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