(筆洗)サウジの女性が自らハンドルを握るようになった時 - 東京新聞(2017年9月28日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017092802000137.html
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一八八八年の夏の早朝、ドイツ・マンハイムに住む三十九歳のベルタは、息子二人を連れて家を出た。「実家に行く」との書き置きをして。
彼女の夫カール・ベンツは、さんざん苦労して自動車を発明した。だが、「馬なし馬車」はさっぱり売れない。ならば、それがいかに便利か自ら証明しようと、夫に内緒で旅行に出たのだ。
母親の住む街まで片道百キロ余。燃料パイプが詰まればヘアピンで直し、点火装置が壊れればゴム製の靴下止めで直した。そうしてベルタは「史上初の自動車長距離旅行」を成し遂げた女性となった。自分の手で、自分の行きたい場所に車を走らせる。そういう当たり前の「自由」を長年にわたり求めてきたのが、サウジアラビアの女性だ。自らハンドルを握ったために「社会の秩序を乱した」と逮捕された人もいる。
それでも、運転解禁を求める動きは絶えなかった。それは「女性が自分の思いで行動すること、自由を獲得する象徴だから」だと、東京大学・特任准教授の辻上奈美江さんは話す。そんな願いがかない、ついに女性の運転が来年、解禁されることになったというから、かの国の女性にとっては、大きな一歩だろう。
ベルタの大胆な自動車旅行は、世間の見る目を変え、車社会へと道を開く一歩となった。サウジの女性が自らハンドルを握るようになった時、どんな変化が起こるだろうか。