(書評)「天皇機関説」事件 山崎雅弘 著 - 東京新聞(2017年9月3日)


http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2017090302000176.html
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◆国家意識の明確化を狙う
[評者]三上治=評論家
一九三五年(昭和十年)に起きたのが天皇機関説事件である。この事件は国体明徴運動とともに、日本が戦争に突き進む大きな契機をなした事件として人々に記憶されている。本書は事件の発端と展開、そしてその後の影響にいたる全体をよく描きだしている。事件の背景、例えば統帥権の干犯をめぐる軍部と政府の対立、政府を擁護した憲法学者美濃部達吉の言動も取り出されているし、事件の結果として、この国から失われたもの(立憲主義的なもののさらなる制限、政府や軍の方針を批判する言論の自由報道の自由の抑圧)にも及んでいる。
天皇機関説事件は大日本帝国憲法についての美濃部の学説「天皇機関説」を排撃した事件である。軍人出身の貴族院議員・菊池武夫男爵が貴族院でこの学説を批判したことから始まり、美濃部の「一身上の弁明」などを経て、最後は学説の禁止処分で終わった。
美濃部の学説は、大日本帝国憲法が定める天皇統治権天皇(家)の個人的な統治ではないとした。それは国家機関の代表として天皇が統治するというものであり、天皇の統治を法的に位置づけ、合理的に解釈したものだった。当事者の昭和天皇もこれをおおむね妥当な解釈と認めていた。
これに対する批判は天皇の至上権、絶対性をより強調するものだった。天皇親政論と同じで、その理念が何を意味するかが明瞭ではなく、その点が事件を分かりにくいものにしてきた。
天皇機関説は当時の議会主義の理念的根拠であった。そして議会や政府を批判し「軍部」の権限行使の拡大と結びついたこの事件は、国家意識が不明瞭で曖昧であることに不安を感じた軍部やそれに同調する政治家、知識人らが国家意識の明確化を促そうとしたものだった。それは精神的な国家動員の運動であり、条件次第では時代の状況が似てきた現在でも現出する可能性がある。天皇機関説事件の意味を認識するうえで、本書は格好の一冊である。
 (集英社新書・821円)

<やまざき・まさひろ> 戦史研究家。著書『日本会議−戦前回帰への情念』など。

「天皇機関説」事件 (集英社新書)

「天皇機関説」事件 (集英社新書)

◆もう1冊 
佐々木惣一著『立憲非立憲』(講談社学術文庫)。東の美濃部、西の佐々木と併称された憲法学者立憲主義の重要性を説いた著作。