いま読む日本国憲法(最終回)第99条、第100条、第101条、第102条、第103条 権力縛り人権を守る - 東京新聞(2017年8月14日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/imayomu/list/CK2017081402000157.html
https://megalodon.jp/2017-0814-0914-33/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/imayomu/list/CK2017081402000157.html


憲法を守る義務が課されるのは国民ではなく、天皇や公務員である−。日本国憲法の事実上の締めくくりである九九条は、権力を縛って人権を守る「立憲主義」の理念が、特に強く反映された条文と言えます。
国家公務員や自衛隊員は任用される際、現憲法を守ることを誓います。国家公務員法も、憲法や政府を暴力で破壊することを主張する政党・団体の者が官職に就くことを禁じています。かつては閣僚が改憲発言すると「九九条違反だ」と追及され、辞任に追い込まれることもありました。
しかし、今では自民党日本維新の会が国政選挙で改憲を選挙公約に掲げています。改憲の実現を政治信条にする閣僚も珍しくありません。最たる例が安倍晋三首相です。
首相は今年五月、自民党総裁として九条への自衛隊明記などを提案しました。「二〇二〇年の新憲法施行」という具体的な目標時期も初めて明示しました。六月には、自民党改憲原案を秋に予定される臨時国会に提出したいと、日程にも踏み込みました。
首相は、閣僚や公務員のトップに立つ行政府の長です。党総裁として発言したといっても、憲法擁護義務を課された人物が、国会にのみ認められた改憲発議に向けて議論の加速を迫ったことに変わりありません。与党議員からも「首相と総裁の立場を使い分けることは、国民には分かりにくい」と、慎重な言動を求める声が聞かれました。改憲を主張すること自体が憲法に抵触するとの見方は根強くあります。
自民党改憲草案は、擁護義務の対象から天皇と摂政を外し、国民には新たに尊重義務を課しています。
草案Q&Aは「政治的権能を有しない天皇及び摂政に擁護義務を課すことはできない」と説明しています。国民を加えたのは「国民も憲法を尊重すべきことは当然」だからだそうですが、旧憲法大日本帝国憲法)は天皇に幅広い権能を与える一方、国民に「現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ」と順守を義務付けていました。国民の義務が加われば「権力から国民を守る」という憲法の基盤が揺らぐ可能性があります。
ただ、現憲法も国民が憲法を守らなくてよいと言っているわけではありません。自由や権利は「国民の不断の努力」で保持しなければならないとした一二条の通り、国民の側も憲法を大切にしなければならないのです。
最終章である十一章は「補則」で、現行憲法の公布から施行までの間の取り決めが書かれています。貴族院から参院への移行など、旧憲法大日本帝国憲法)からの切り替えに配慮した点もあり、歴史をうかがわせる章でもあります。
今は意味をなさない条文のため、改憲した場合にどうなるのかが気になりますが「残っていても不都合はない」(衆院法制局関係者)そうです。旧憲法から引き継いだ証しとして、存在し続けるかもしれません。
自民党改憲草案にも手続きの規定はありますが、独立した章ではなく「付則」としています。現行憲法補則は全て削り、施行前後の内閣の予算・決算の引き継ぎに関する取り決めなどを定めています。
現行憲法は、改憲時の国会の経過措置は定めていません。国会議員をあらためて選び直すのか、そうでなければ議員は新旧憲法のどちらを基に存在し、どちらの憲法を擁護する義務があるのか。改憲が現実味を帯びれば、こうした議論も起こりそうです。 =おわり

自民党改憲草案の関連表記
第一〇二条
(1)全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
(2)国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。



◆連載を終えて 政治部・清水俊介
四六条、四九条、六一条。自民党が二〇一二年に発表した改憲草案の中で、現憲法と一字一句変わらず残った条文だ。これ以外は全て、大なり小なり文言が書き換えられている。
日本国憲法の主な条文の意味や価値を考えようと、昨年四月に始まった連載「いま読む日本国憲法」では、現憲法の条文と、対応する改憲草案の条文を並べ紹介してきた。
草案は、九条での国防軍創設、二四条での家族の助け合い義務など、大きな変更点が注目されがちだが、旧仮名遣いの「あつて」を「あって」に改めるような修正も多い。それらも含めてあらためて感じたのは、「時代の変化に対応する」として改憲を目指す自民党の強い意欲だ。連載中の昨年十月、草案は「歴史的文書」と位置付けられたが、撤回はされていない。
連載では、現憲法の理想と現実のギャップも、たびたび指摘してきた。そうしたギャップや時代の移り変わりにもかかわらず、平和や人権を守る土台となってきた憲法は、国民から今なお根強く支持されている。
憲法に守られている国民自身から「今の条文では不都合だ」という切実な思いが湧き上がらなければ、改憲にはたどり着けないだろう。改憲を目指す安倍晋三首相らの前には、憲法が国民を守ってきた七十年の歴史の重みが横たわっている。