https://mainichi.jp/articles/20170609/ddm/001/070/117000c
http://archive.is/2017.06.09-005943/https://mainichi.jp/articles/20170609/ddm/001/070/117000c
「伏魔之殿」−−都から来た将軍がこんな額がかかった祠(ほこら)を強引に開けてしまう。中国の伝奇「水滸伝(すいこでん)」の冒頭で、唐の昔に封じ込められた魔王が解き放たれてしまう場面である。「伏魔殿」の由来でもある。
水滸伝ではおかげで108人の英雄豪傑が生まれることになるが、現代では決して封印を破ってはならない祠がある。冥界の王の名を冠すプルトニウムはじめ数々の放射性物質をこの世に生み出し、封じ込めてきた原子力技術である。
茨城県の日本原子力研究開発機構の研究センターで作業員5人が被ばくした事故で、うち1人の肺から2万2000ベクレルのプルトニウムが検出された。体内に入った放射性物質は36万ベクレルと推計され、国内最悪の内部被ばく事故となった。容器を開けた際に、中のビニール袋が破裂、粉末状の放射性物質が飛散したこの事故だった。この容器は26年間一度も開けられずに保管されてきたもので、施設内には長年点検されぬまま放射性物質がさまざまな形で保管されていた。
何やら放射性物質の伏魔殿を思わせるが、安全管理はそれにふさわしいものだったか。かつて高速増殖原型炉「もんじゅ」で「安全文化の劣化」が指弾されたこの研究機関だが、安全をむしばんだ魔物は今も潜伏していたようである。
これから長きにわたりがんなどのリスクと向き合わねばならない内部被ばくである。命の営みと両立できぬ魔の封じ込めはそもそも人の力で可能なのか。またもその問いを呼び起こす原子力安全のほころびだ。